生まれてこの方、人に心底好かれたこともなければ嫌われたこともなくて、よく言えば平和、悪くいうなら凡庸な人生を歩んできた。成績も顔立ちも可も不可もなくて、面白い話ができるわけでもない。幸いなことに友達は多くはないけれど少ないわけでもなくて、決して不幸ということはなかった。
 教室の反対側の端の席に集まる男子たちをぼんやり眺めながら心の中ですごいなぁ、とひとりごちる。わたしは詳しくないけれどこの学校にはボーダーに所属している生徒が一定数存在しているらしい。あそこで群がっているメンバーはクラスがまちまちだから、もしかしたらそういう繋がりなのかもしれないな。学校という繋がりしか持たない私とは大違いだった。きらきらしてる。漠然とそんなことを感じた。
 私とは正反対の人生を送っているんだろうな。真ん中で小突かれながら笑っているクラスメイトは休み時間に一人でぼんやりしている私とは大違いだ。ふわふわの黒髪と、ビー玉みたいな青い目に添えられた泣きぼくろ。かわいい顔立ちなのに中性的というわけではなくて、ちゃんと男の子らしい。風の噂でモテると聞いたけれどきっとそれはあながち嘘ではないだろう。今年のバレンタインはさぞたくさんのチョコレートをもらうのだろうな。ぱちぱちと瞬きをした。ずし、と頭が重くなる。
「わ」
「あん中の誰がお前のお目当て?」
「……出水、おもい……」
「アツい視線送っちゃって」
「お目当てってなに?」
「好きなやついるんじゃねぇの」
「いないよ」
「へー」
「何その顔」
「いやにキラキラした顔であっち見てんなー、って思ってただけ」
「みてない。っていうか授業になるけど」
「やべ、そうだ、教科書貸してくんね? 数Bの方」
「ちゃんと返して」
「委員会ンときに返すから」
「それならいいよ」
「悪ィ、助かる! 今度なんか奢るわ」
「いちごミルクがいい」
「子供かよ」
 教科書を受け取ってからさんきゅ、と立ち去った友達の背中を目で追う。クラス外の友達なんて出水くらいだ、なんで仲良くなったのかもよく覚えてないけど。委員会が同じで、あとはなんか流れだ。次の授業の用意をしているとなんだか視線を感じたからちらりと気配がする方向を見る。誰も私を見ていなくて、ほ、と胸を撫で下ろした。

◇◇◇

 定例の委員会が終わって、出水から数学の教科書を無事に受け取った私はぱたぱたと慌ただしく教室に戻っていた。今日渡された課題のプリントを机に入れっぱなしだったことを思い出したのだ。学校のドアを引けば特有のガラガラした音が静かな部屋に響く。先客はその音に驚いてぱ、と私の方を見た。二つの青い、空色のビー玉。
「なんや、なまえさんか。びっくりしたわぁ」
「隠岐くん、帰ってなかったんだ」
「あはは、そうなんよ。帰れんくて」
「ボーダーのお仕事?」
「んー……そんなかんじ?」
「うん?」
 断定されない回答を少し不思議に思いながら自分の机に向かう。中に手を突っ込んで首を傾げた。あれ、おかしいな。ここに入れておいたはずなんだけどな。一度中身を確認するために鞄をおろす。じっ、とチャックを動かすと背中越しに声がした。
「なまえさん、出水と仲ええんやね」
「出水?」
「休み時間に話とったやん」
「仲良いっていうか……一方的に揶揄われてるだけっていうか」
「自分、仲良くない相手に教科書貸したりするん?」
「隠岐くん?」
 振り返ろうとして、自分の背中に影が迫っていることに気づいた。私と隠岐くんの席は教室のちょうど対称になる位置にある。かさ、と紙が擦れる音がした。
「え、」
「これやろ」
「なんで」
「返す前に一個聞いてもええ?」
 柔らかいのに有無を言わせないプレッシャーのある声に思わず頷く。
「出水のこと好きなん」
「い、出水!? なんで、」
「ええから答えて」
「友達としては、好きだけど……」
「ほーん」
「あの、隠岐くん……?」
「おれ以外にきらきら、せんといて」
「へ」
 何を言われているのか分からなくて咄嗟に振り向くと、隠岐くんは今にも泣いてしまいそうな顔できゅ、と唇を結んでいた。夏の空を閉じ込めたみたいな両目が炭酸みたいにきらきらしている。
「なまえさん、おれのことが好きなんとちゃうの」
「えっ!?」
「ずっときらきらした目でこっち、見とるから」
「な、な、えと、ちが、」
「それなのにさっき、出水にもきらきらしとって、」
 ぐしゃ、と前髪を握りしめて目を逸らす様子はどこからどうみても高校生の男の子だ。隠岐くんはもっと、遠いところにいる人だと思ってたのに、もしかしたら勝手に遠ざけてたのは私の方だったのかもしれない。
「……おれだけにきらきらしててほしい、ほかのやつに、せんといて……」
 泣いちゃいそうな両目が落ちかけた日の光で雨上がりの水溜りみたいに煌めいている。たとえば私も、隠岐くんのキラキラしてるところが好きっていったら、この青はどんなふうに瞬くんだろう。隠岐くんって名前を呼べば彼はなに、と震える声で返事をしてくれた。そのきらきら、私だけにくれたりするなら、私もたぶん、隠岐くんにだけきらきらできるとおもうんだ。


だって初めて見たときからきらきらしてた



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