私の好意は信仰なのだと人に言われたことがある。それは違うと否定してしまいたかった反面、なるほど、とどこか腑に落ちた自分がいたことは事実だった。何も考えないでその人の言うことに従ってさえいれば機嫌を損ねることはないのだから、信仰することは楽なのだ。感情のリソースを無駄に割かなくて済む。疲弊する議論も、摩耗する心理戦も繰り広げる必要はない。その人のいうことが正義なのだから疑う余地はないし、なにより、人のせいにできる。なるほど、実に私らしい卑怯で卑劣で、そして省エネな生き方なのだろう。生憎ながら私はそういう生き方以外を知らなかったし、知っていたとてそれ以外の生き方をできるほど器用でも勇敢でもなかった。
 あの子に好きだと告げられた時、果たして私は一瞬だけ躊躇ってから震える喉で息を吸い込んでごめんなさい、と小さく絞り出した。それなのにまるでそうするとわかっていたかのようにそうですか、と感情のない声で返されたものだからぞくぞくしてしまったのは否定できない。お友達でいたいとなんとか歪に笑った私の目をまっすぐ見据えて、す、と細められた双眸に思わず身がすくんだ。
「アンタは、友達に戻れるんですか?」
「……え、」
「俺はええですよ。アンタが言うならこれをなかったことにして、次の会話からなんでもなくまたアホな話の一つや二つしてあげますわ。せやかて、アンタはそんな器用な真似できんやろ」
 何も言い返せなかった。その通りだからだ。今更私たちは「友達」には戻れない。今まで意識してこなかった男女という境界線を明確に提示されてしまった今、どうしても私はそれを意識してしまうだろう。きっと、限りなくそれに近い振りはできる。けれど、端々に滲むそのぎこちなさを隠せるほど、私は上手く生きられる女ではない。水上くんは何も言えない私の顔を上げさせた。
「何がダメなんですか」
 ダメな理由なんて水上くんにはひとつもない。全部、私がいけないのだ。私が、私が上手く生きられないから。
「生きるのが下手なところも箱に篭ってるところも全部知っとります。それで、何があかんのですか」
 例えば、この人を私のかみさまにしてしまうことができたら、私はどれだけ楽に生きられることだろう。今までもずっと思ってきた。水上敏志は賢い人間だ。聡い人間だ。だから、彼の言うことに従っていれば心地よいし、間違えることもない。そういうところが好きだから、私は彼に懐いている。ささやかなたった一つの祈りで、願いだ。かみさまにならないでほしかった。かみさまにしたくなかった。生きづらさの証明でいてほしかった。ぽたぽたと眦から溢れ出した涙が落ちる。
「かみさまに、ならないでほしいから、だめ」
 水上くんは拍子抜けしたように大きく目を見開いて、それからくしゃりと破顔して、私の頭を軽くなぜた。低い、心地の良いとろりとした声が耳に吹き込まれる。
「ええよ、アンタの為ならかみさまにでもなったる。ぜぇんぶ俺のいうことだけ聞いてたらええよ。全部俺のせいにして、俺だけ信じて生きてたらええ」
 その声色に乗せられたどろりとした重い執着に心地よさを感じている私はきっとすでにもうおかしくなっているのだろう。きゅ、と服の裾を握れば水上くんは満足そうに笑った。


きみが楽園になる



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -