かわいい猫は室内へ


※ドラケン視点

 三ツ谷とは小学生の頃に出会ったから、ずいぶん長い付き合いになる。となればお互いの恋愛遍歴についてもそれなりに知っているし、相談を受ける時もある。数ヶ月前まではそんな状況で、ちょうどこんなふうに酒を酌み交わしながら近況を聞いていた。

「お待たせしました、生ビールです。一杯目は店長からのサービスだって」
「マジか。お礼言っといて」
「その代わりたくさん飲んでね。ごゆっくりどうぞ」

 踵を返した背中はしゃんと伸び、細い首に乗った小さな頭の上には緩く巻かれた茶色のポニーテールが揺れている。もう1人ホールに出ているボブカットの女の子はおそらく後輩なのだろうが、話しぶりから慕われているのが見てとれる。

「いい子そうだな」
「俺には勿体ないくらいな」

 カツンとジョッキを合わせてからビールを煽る。一口目が美味しいと思うのは同じらしく、すでに半分ほどの量になっていた。
 いつもの居酒屋はすでに満席だったので、三ツ谷に案内されてここへやってきた。大衆居酒屋の雰囲気を残しつつもモダンな印象の店内は、金曜ということもあり繁盛している。三ツ谷も来るのは初めてで、彼女が働く姿を見るのも初めてらしい。明るく賑わう店内を手際よく動き回る彼女は、愛想の良さもありなんとも目を惹かれる姿だった。

「どんな子かと思ってたけど納得したワ。お前珍しくヒヨってたもんな」
「うっせ」

 三ツ谷は異性に人気があるし、実際のところ優良物件だと友人ながら思う。それでも当人は好きになった子に自分からアプローチをかけていくタイプだし、大抵の場合は成功させてしまうので中々罪作りなヤツだ。
 そんな男が今回は苦戦というか慎重になっていたのでどんな人かと思っていたが、「席取っといたよ」と出迎えた彼女を一目見て、なるほどと思った。長年の付き合いから分かる。三ツ谷のど真ん中だ。

「ま、うまく行って良かったじゃねぇか」
「ホントな。ダメかと思った」
「大体いつもうまくってンのに?」
「なかなか意識してくんねェし、手強かったんだよ」

 ジョッキの水滴を撫でる姿に、相談を受けていた時のことを思い出す。誘いは断られないが隙がないと悩んでいたのに、酒の勢いで告白したと聞いた時は驚いた。彼女が合コンに行ったと聞いて我慢の限界値を超えてしまったらしいが、いつも淡々と相手を包囲していくこの男にしては珍しいことだった。まぁ、それだけ惚れてしまったということだろう。彼女を見る三ツ谷の眼差しがそれを物語っていたが、飲みはじめてしばらくした頃に、その眼差しがふと厳しくなった。

「あ、いらっしゃいませ。今週は早いですね」

 1人で入店してきた若いサラリーマンがカウンター席へ通された。「いつものでいいですか?」と彼女が聞いているから常連客のようだ。親しげに話をしている。

「先週休みだったね。いないから残念だったよ」
「テスト期間だったので。終わったのでしばらくは沢山働きますよ」
「じゃあ俺も沢山来ようかな」
「あはは、お願いします。お店潤っちゃいますね」

 本人は店員として愛想良くしているつもりだろうが、リーマンの方はなんとなく下心が透けているように思えた。三ツ谷といえば先ほどの様子を面白くなさそうに眺めているから、同じように感じたんだろう。

「心配だな」
「まぁな」
「大丈夫じゃねぇか?ああ言うのあしらえるタイプに見える」
「ナマエのことは信用してるけど、周りの男のことはしてねェよ」

 彼女は何というか、好かれやすそうなタイプに見える。当人にその気がなくても、いつの間にか好意をもたれているような。ようやく自分の物になったというのにそんな予感が的中してしまったら、誰でも多少は心配になる。三ツ谷は器の大きい男だが嫉妬心がないわけではなく、むしろ表に出さないだけで割と嫉妬深いように思う。つーかさっきから顔が怖ぇよ。元ヤン出てンぞ。
 それでも、注文のために通りがかった彼女を呼び止める時にはいつも通りの顔になる。なんとも器用なヤツだ。

「ビールで。ドラケンは?」
「俺もビール」
「はい。生ふたつね」
「繁盛してんな。常連とかも結構いんの?」
「何人か。毎週とか、週2回とか来る人もいるよ」
「へぇ。……あ」

 食器を片付けようと身を屈めた彼女の左目の下を、ごく自然な仕草で三ツ谷の親指がなぞった。俺も驚いたがやられた本人はもっと驚いたようだ。長いまつ毛に縁取られた瞳がぐっと大きく開く。
 
「まつ毛ついてた」
「ちょっと、ここバイト先だから…」
「わりィつい。クセで」
「もう!酔うの早くない?」

 踵を返した華奢な後ろ姿から覗く耳はほんのりと赤くなっている。ポニーテールが先程よりも大きく揺れて、さながら不機嫌な猫のしっぽのようだ。
 パントリーではボブカットの後輩が「あの人、ナマエさんの彼氏ですか!?」と興奮しているし、カウンターのリーマンは気まずそうに冷奴を突いている。その様子を見やった三ツ谷はというと、すっかり満足げだった。

「お前なぁ…」
「ドラケンも言っただろ。『心配だな』って」

 そう言い残して席を立ち、リーマンの後ろを通ってお手洗いへと消えていった。「心配だな」と確かにそう言ったし、気持ちもわからなくはない。三ツ谷が本気で捕まえておけば何も心配はないだろうに。ジョッキを飲み干すと同時に、やれやれとため息が出た。

「飲んでから来たの?隆くん顔にでないから」

 ジョッキを運んできた彼女がそんなことを言うもんだから苦笑してしまう。曖昧に返事をして並々とビールが注がれたジョッキを受けとった。

「三ツ谷どーよ。実際」
「優しくていい彼氏かな。ふふ。友達に言うの、ちょっと恥ずかしいな」
「あー、そうだな。ヤサシイな」
「うん…?たまにさっきみたいな時あるけど、ドラケンくんもそう思うなら、やっぱり優しいんだと思うよ」

 含みを感じ取って少し不思議そうな顔をしていたが、勝手に納得したようだ。そうだけど、そうじゃない。手中に収めるのに苦労した分強固に包囲されていることに、どうやらまだ彼女は気づいていない。
 それでもお互いのことを話す時に緩まる目元が2人どことなく似ているのを見ると、勝手に仲良くやってくれと思わずにはいられなかった。

 帰り際「今度は飲みに混ぜて」と言われて俺も三ツ谷も了承したが、果たしてその日は来るだろうか。恋人のこととなると存外心の狭い片割れのことを思うと、少し心配ではある。

 まぁそんな心配はよそに、俺たちは長い付き合いになっていく訳だが。



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