見えぬところに印をつけて


 爪を塗るのはライフハックだよ。とは、ナマエの弁だ。仕事中にキーボードを叩くとき、家事をするとき、食事をするとき、なにかと視界に入りやすい指先が色づいていると気分が上がるのだという。冬でも足の爪まで塗っているのも同じ理由だそうだ。
 細い指の先は毎週末、彼女の気分や季節にあわせた色に塗り替えられていく。習慣にしているだけあって器用に塗っていると関心していたが、それでも利き手のほうはやりづらいらしい。「こっちが気に入らないんだよね」と出来栄えへの不満を漏らしていたので、今日は俺が塗ってやることにした。

「わ、きれい。やっぱり手先器用だね」

 塗り終わった両手の爪を眺めて出来栄えにうっとりしている。妹たちがまだ小さかった頃におもちゃの物を塗ってやったことはあるが、大人と子供では爪の大きさも違うし、おもちゃと本物では塗り心地も違う。上手くいくかという不安は日々の仕事で鍛えられた指先が解消してくれた。

「やっぱこの色かわいい。買ってよかった」
「迷ってやめた方もよかったけどな。買ってやったのに」
「悪いよそんなの。沢山あっても使いきれないし」

 今週は春らしくしたいと言って選んだピンクがかったベージュが指先に乗っている。ナマエが気に入って毎月ひとつずつあつめているブランドのもので、先週末買い物に行ったときに購入した色だ。「ひとつずつ」なんて制約をかけなくても、迷うくらいならひとつくらい買ってやるのにと思うが、それが彼女なりの楽しみ方なんだろう。使うのはナマエなんだから、ナマエの好きにしたらいい。

「足もやるか?」
「いいの?お願いしちゃおうかな」
「じゃあ、ここに足のせて」

 脚の間に挟んだスツールの上にソファに居直ったナマエの足が差し出された。慎ましく並んだ指を左手で支えながら、爪に刷毛を滑らせていく。
 足をじっくり触ることなんてなかったけれど、しっとりと吸い付くような感触をしている。女と男では身体のつくりが違うのは知っているが、足ですら女の方が柔らかいのかと思う。ソファの上から興味深げに覗き込み、無防備な素足を俺に預けている姿にどこか邪な気持ちが芽生えてくるので、男は煩悩にまみれた生き物だとつくづく思う。

「はい、完成」
「ありがとう。さすが、私がやるより早くてきれい」
「それなら毎週やってやろうか?」
「え、甘えちゃおうかなぁ」

 指先を飽きずに眺めているところを見ると、どうやらお気に召す仕上がりのようだ。まだマニキュアの乾ききっていない指先を崩すことのないよう、慎重にスマホを手にとって手元の写真を撮っている。スツールに乗ったまま、踵を支点にゆらゆらと上機嫌に揺れる左足。頭にのこる煩悩が、俺の悪戯心を刺激する。

「毎週やってやるよ、な?」

 白く滑らかな足の甲に指を這わせる。びくりとする細い足首を掴んで、スツールの上から下ろした。くるぶしからふくらはぎへ、魅惑的な感触に誘われてきめの細かい素肌を手のひらでなぞりあげると、捲れた部屋着の緩いパンツから白い膝が露わになった。

「ねえ、まだ乾いてないから」
「じゃあ大人しくしてて。触ったら崩れンだろ」

 柔らかくさらりとした太腿の感触を楽んでいるのを上から手を重ねて制してくるから、指を滑り込ませて絡めとった。大した抵抗もなく捕まった指の先に、淡く彼女を縛り付ける半乾きのピンクベージュが艶めいている。ソファに乗り上げると、2人分の体重を支えてぎしりとしなった。

「ちょっと、ストップ、待て!」
「なにそれ。犬じゃねーんだから」

 絡めた手を背もたれに押し付けて、ナマエの両膝を跨ぐようにして膝立ちになる。腕の中にとらえたふたつの瞳には困惑こそあれ、拒否の色はない。その証拠に丸く小さな顎を掬い上げると、受け入れるように瞼が閉じた。

「待ってってば……」
「ムリ。ナマエの躾が悪りィんじゃねぇの?」

 空いている左手をTシャツの裾から侵入させて、背骨をなぞる。くすぐったいと身を捩るけれど、諦めたのかやっぱり拒否はしない。俺のちょっかいに文句を言いつつ許してしまうんだから、結局のところナマエは俺に甘い。まぁ、そういうところを知っててやってるんだけど。
 思った通りに流されてくれるのが可愛くて、やっぱりマニキュアのひとつやふたつ買ってやろうと思う。もう塗らせてはくれないかと思ったけど、しょうがないなぁと困ったように笑うのが容易に想像できる。

「来週塗る色考えといて」
「しょうがないなぁ」

 ほら、思った通りだ。

 緩く口角をあげた唇を喰むと、応えるようにそっと背中に手が添えられた。



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