1. 青嵐が生ぬるい


 集会終わり。仲間と別れて自宅の方へとハンドルを切った。等間隔に並んだ街灯が、走る速度にあわせて近づいては通り過ぎていく。明るくなったり暗くなったりを繰り返す視界の先に、見覚えのある後姿があった。
 セーラー服に紺のハイソックスと、放課後だというのにウエストを折らず校則通りに履いているスカート。頭の後ろで結い上げた髪が歩調にあわせて揺れている。昼間に教室で散々見ていた後ろ姿。華奢な体が夜の住宅街を行く様が危なっかしくて、お節介にもほおっておけない気分になってしまう。
 姿が近づくにつれて速度を落としてゆく。隣に並んだところで声をかけると、驚いた様子もなく「偶然だね」と笑った。

「もしかして、集会?の帰り?」
「そ。ミョウジは?」
「塾の帰り」

 同じクラスのミョウジナマエは、不良のオレとは反対の意味で学校の有名人だ。成績優秀、品行方正。絵にかいたような優等生のナマエは、派手にしているわけでもないのに優秀さゆえに目立っているような、そんな女子生徒だった。
 オレとは真反対にいるような彼女がオレと同じクラスになったのは、入学当初から不良と知られていたオレとのバランスをとるためだったともっぱらの噂だ。オレを引き取る代わりにミョウジも一緒にみたいな、そんな感じ。オレのせいで教室が荒れるのを危惧されていたのかもしれないが、学校で悪さをするつもりはない(堂々と校則を破ってるけど)。うちの学校にはクラス替えの制度がないから特別な問題でもない限りはクラス名簿の内容が変わることもなく、ミョウジともこのまま三年間の付き合いになる予定だ。

「塾なんて必要あんの?頭いーのに」
「受験控えてるからね」

 自分には縁もゆかりもない塾なんて場所だが、そこにいるミョウジを想像するとしっくりくる。昼間に教室で見るあのしゃんとした姿で、塾での授業を聞いているのだろう。思い返せばコイツが居眠りしているところを見たことがないし、だらだらすごしている瞬間が想像できない。だぶん、あの学校に通う誰よりもいい高校に行くのだろう。さらっと難関校に受かって、卒業式には代表で卒業証書を受け取る姿が難なく想像できる。オレとは全然違うのに同じ空間で授業を受けてて、不思議なもんだ。
 バイクから降りて手で押しながら歩く。たぶんしばらく一緒の道中だし、こんな時間に女ひとり置いていくのはオレの良心が責めるのでできなさそうだ。妹を持つ兄だから気になるのかもしれないが。
 ミョウジは制服のままだが、ということは学校から直接塾へ向かったということだろうか。今日は部活もあったのにご苦労な事だ。「お腹すいたぁ」とみぞおちの辺りをさすっているが、そりゃこんな時間まで部活だなんだとやっていたら腹も減るだろう。オレもちょっと小腹がすいている。

「塾帰りってこんな時間になんの?」
「うん。別に普通だと思うよ」
「危なくね?迎え来てもらったりしねぇの?」
「まぁ、ここ日本だし」

 ミョウジはケロっとした顔をしているが、ここがどこだろうが危なっかしことに変わりない。変な奴が出たから気をつけろって情報はたびたび出回るし、オレがいうのもなんだが荒れてるヤツらがたむろしていることもある。この辺は東卍が仕切っていてカタギに手を出すようなダサいヤツいないと思うが、絶対に何もないとは言い切れない。こんな人気のないところを一人で歩いていたら、よからぬ気を起こすやつだっている世の中だ。

「オレが言うのもなんだけどさ、もうちょっと警戒したほうがいいんじゃねぇの?速度落として近づいてくるバイクとか、怪しいだろ」

 例えばオレがしょうもないヤツだったら、どうにかしてやろうと企んでゆっくり近づき、そこの路地裏に連れ込むことだってできただろう。制服に身を包んだ姿からは脅威を感じない。抵抗されたって男ならどうにかできるだろうと思えてしまう。他人事ながらどうしても気になってしまう。
 おせっかいともいえるオレの忠告を、ミョウジはきょとんとした顔で聞いていた。こんな時間に帰宅するなんてのはミョウジにとっては慣れたことで、こういうシチュエーションが危ないって発想には至らないんだろうか。学校とか、それこそ親から気をつけろと言われそうなもんだが。

「でも、三ツ谷くんのバイクは音でわかるよ」

 りんと鈴を鳴らすような声だった。予想だにしていなかった答えに驚いてなんのリアクションも取れない。
 確かにバイクのエンジン音で誰それのだってわかることはあるが、それはよくつるんでるヤツの愛機の音だからだ。そんな頻繁に聞いているわけでもないだろうに、ミョウジにそれが分かるものだろうか。そりゃこの辺をよく走ってはいるけど、それでもわかるもんではないと思う。てことは、冗談を言ってるのかもしれない。追いついて声をかけた時も、わかってたような雰囲気だったけど。
 「へぇ」なんてぼんやりとした返事をするオレを見て微笑む。この大人びた様子がミョウジをほかのヤツよりも目立たせているように思う。何と言うか、ある種の手強さを感じる。
 
「誰かわかんないときはちゃんと気を付けるね」
「それならいーけど」
「三ツ谷くんの友達って言ったら、どうにかなったりしないかな」
「なんねーからやめとけ」
「えー、ダメかぁ」

 学校で見るよりも幾分かリラックスした様子のミョウジはちょっと新鮮だ。特別仲良くもなくかといって悪くもなく、普通に同級生としての付き合いしかなかったが、今こうして話しているのを結構楽しんでいる自分がいる。

「つーか、バイク詳しかったりする?」
「え、全然?」
「なんだ」
「なにそれー」

 あはは。とすこし高めの笑い声が、誰もいない夜の公園に消えていった。

 声をかけてから十分たってくらいでミョウジと別れ、再びバイクに跨った。「うち、ここだから」と手を振ったミョウジが消えていったのは立派な一軒家で、オレもあんな家で暮らしてみたいもんだと思った。同時に卒業したらもうミョウジとは会わないだろうなとも思う。今交わっているのが不思議に思うくらい、住む世界が違っている。
 たぶんオレの布団で寝ているであろうルナとマナの姿を思い浮かべつつ、帰ってからやるべき諸々をどう片づけるかの算段を立てていた。


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