12


 閉館時間ギリギリの出口近くの土産物売り場は意外と混雑していなかった。子供連れの家族は少し早い時間に切り上げて帰っていったのか、辺りを見渡すとカップルとか、それに近しい関係の男女の組み合わせばかりに見える。私がそうやって意識しているからなのか、余計に目に付くのかもしれない。
 きっとどこの施設に行っても置かれているようなイルカとペンギンのぬいぐるみを何となく手に取ってみると、すかさず隣から三ツ谷が「絶対要らないだろ」と茶々を入れてくる。まぁ、要らないんだけど。

 そろそろお目当ての居酒屋へ向かうのに丁度いい時間だ。ぬいぐるみを棚に戻す私の横で地図アプリを開く三ツ谷のスマホを覗き込む。駅に戻るようにして歩いていけば辿り着くだろうと思っていたけれど、以前に行った時の記憶と位置が少しズレていた。「こんな所だったっけ?」「だってこの角にコンビニあったじゃん。お前ウコン買うって一旦戻ったの覚えてるモン俺」なんて画面上に立ったポイントの位置を拡大していると、「三ツ谷…?」と私以外の誰かが三ツ谷の事を呼んだ。

「うお、ドラケン?!」
「マジで三ツ谷じゃん。ンだよお前、女連れでこんなトコ」

 三ツ谷の知り合いらしいその人は少し圧倒される程身長が大きく、イカつい。特徴的な髪型に、米神から後ろの辺りまで流れるように入った刺青。コワモテなビジュアルだけど、三ツ谷の反応を見るとどうやらヤバい人間に絡まれたとかでは無く、気心の知れた友人らしい。

「こんなトコって、お前もだろ」
「コイツがどーしてもって」
「堅ちゃんもなんだかんだ楽しんでたじゃん」

 三ツ谷の知り合いらしいコワモテ男と、彼に腕を絡ませる可愛らしい女の子。多分、同年代くらい。三人とも顔見知りなのか、ファンシーな土産物売り場の一画で自分だけが置いてけぼりになっている。

 三ツ谷とはひょんな事で友人関係になったけれど、思えば私と三ツ谷の間に共通の友人と呼べる人間は居ない。知り合った頃のきっかけを辿れば、お互いの知り合いくらいの間柄の人間が居るには居るけれど、数年も連絡を取っていないし。そう思うと、私は三ツ谷の交友関係を本当によく知らない。会話の中に登場する「ダチがさ、」は常に私の知らない誰かの事を指していて、それが男の子なのか女の子なのか分からなければ、学生時代の友達なのか私と同じように大人になってから知り合った友達なのかも知らない。私が三ツ谷に話す時も然りである。相手に対して突っ込まなければ知り得ない事が当たり前にあって、それは何もおかしい事じゃない筈なのに、何故か今ひとり妙な気分になっている。そんな事思うのは筋違いだと分かっているのに。

「ねえ、カノジョなんでしょ?紹介してよ」
「そーそー。水臭ェわ」
「いやいや。コイツは彼女じゃねえって。な?」

 ようやくこちらを振り返った三ツ谷と目が合う。同時に三ツ谷の知り合いらしいカップルも視線を寄越すので、思わず肩が少し跳ねた。今まで蚊帳の外だと思っていたのに急に自分に意識が集中していると分かるとどうすればいいのか分からなくなる。

「あ、えっと、どうも…?」
「コイツはダチ。よく一緒に飲んでて」
「ミョウジナマエです」

 芸のない挨拶をした所で「飲み友達と水族館、ねぇ…」と可愛らしい声が呟いた。くっきりとした二重の大きな瞳は瞬きすると長いまつ毛が余計に目立つ。目鼻立ちのくっきりした顔は人形のようで少し日本人離れして見える。探るような瞳を三ツ谷に向けるその子の言葉に何か返す前に、『まもなく閉館となります。本日はご来館頂き誠にありがとうございました。』と館内放送が流れた。

 ◇

「じゃあ…、まあ、取り敢えずカンパイ」

 コワモテ君改めドラケン君の然程テンションの高くないやや戸惑いさえ感じる音頭でグラスを控えめにぶつける。冷えたジョッキに唇をつけると一日の終わりって感じがするけれど、今日はなんだかそうとも言えない妙な感じだ。初対面の相手と会って数十分で乾杯なんて、仕事関係じゃなければ何年振りかという話である。それこそ、三ツ谷と出会ったあの合コン以来じゃなかろうか。

 アルコールは苦手なのだと言うエマちゃんが両手で持つオレンジジュースが妙に可愛らしい。一般男性の中でもガタイの良いであろうドラケン君の隣にいるとその華奢さが目立つ。そのエマちゃんの刺すような真っ直ぐな視線が時折、三ツ谷と私を交互に見つめるのを、先程から気付かないフリをしている。
 そりゃあ、男女が二人で水族館だの動物園だの、所謂デートの定番スポットに居たら誰だってそうだと思うだろう。三ツ谷とそういう関係では無いにも関わらず、今日の半日程を一緒に出歩いていた私でさえそう思うもの。
 でも、実際のところ私と三ツ谷は世間一般でいう恋人同士では無いし、お互いの事をよく知っているようで実はそれ程知らない。気心は知れていて、話すのも一緒に居るのも苦じゃ無い、それ故にルームシェアをしている不思議な関係。これを言葉で私たち以外の他人に説明するのはとても難しい。

 お通しに出された二種類の小鉢。胡瓜とワカメの酢の物が入ったソレをあーあ、と思っていると、隣の三ツ谷がさっと私の前から攫っていった。代わりに返ってくる空の小鉢。酢の物は昔から苦手なのだ。お通しで出てくるとこうして三ツ谷の胃に収まることになるので、少しだけ損した気分になる。食べずに残すよりはよっぽど良いけれど。そういえば今更ながら、三ツ谷って苦手な食べ物とか無さそうだなぁ。何でも食べる気がする。
 そんな事をぼんやり考えていると、私の向かいに座って頬杖を突いているドラケン君が怪訝な表情でこちらを見つめてくるので何だか非常に居心地が悪い。思ったよりは普通に話せるし、見た目ほど怖い人では無いと分かったけれど、黙って眺められていると落ち着かない。何か不快にさせるような事でもしたのだろうか、とジョッキを置いて椅子に座り直すと、ようやくドラケン君は私から視線を逸らした。何か言いたげな顔は残したまま。

 きっと私が居なければ今更しないような三ツ谷とドラケン君が出会った頃の話や、エマちゃんとドラケン君の馴れ初め、昔の思い出話を聞かせて貰っていると三人が如何に密に過ごしてきた仲なのかというのが嫌でも分かった。私と三ツ谷も共同生活の時間が出来たことでツーといえばカーというような仲であるところもあるけれど、この三人の関係とは全くの別物だ。三ツ谷とこの先どれだけ長い時間過ごしても、こんな風に思い出話を聞かせて貰っても、私には知り得ない物がそこにはある気がする。それがなんだか寂しいと思ってしまって「変なの」と自分に思った。今日はなんだかずっと変だ、私は。

 「そーいや、お前引っ越すかもとか言ってなかったか?今どこに居ンだよ」

 それぞれの地元の話になったからなのか、ふと思い出したようにドラケン君が三ツ谷にそう問う。密かに心臓が音を立てる。私にルームシェアを持ち掛けて来た頃、三ツ谷はきっとドラケン君に契約更新か引っ越すかの話をしたのだろう。そこにはきっと私との事なんか伝えてはいまい。

「あぁ、引っ越したよ。今、◯◯に居る」
「結構離れたな。職場遠くねえの?」
「前よりは。まぁ、でも色々都合良くてさ」
「ふーん」

 以前、友達に引っ越し先の話を聞かれた時の自分を思い出した。あの時、私はどんな風に彼女に返したっけ。

「ミョウジサンは?どこ住んでんの?」
「えっと、」

 ここで馬鹿正直に三ツ谷と同じ事を言うのは正解では無いことは分かっている。どう答えたものか、と言い淀んだ一瞬、同じテーブルの下で三ツ谷の膝が私の膝を小突いた。「△△だったよな?」と私の言葉を遮るように先に答えた三ツ谷。合わせるように黙って頷きながら、今まで敢えて確認した事が無かったこの問題に対する答えが共通認識になった瞬間だった。

(2024.04.28 : Written by Shiigi)





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -