9. あなたはそこにいて

 原宿ってユニークな街だ。
 まず、日本を代表する繁華街のうちのひとつであることは間違いない。東京の繁華街ってそれぞれに特徴があるけど、原宿は「流行が生まれる街」という感じがする。高級店が連なる通りにティーン向けの店が集まる通りが並行していたり、話題のパンケーキ屋が連日行列を作っていたり、どこを見たって話題しかない。
 山間の田舎町の女子高生だった私も、ファッション誌なんかの影響で原宿のことはなんとなく知っていた。知っていたどころか憧れていたから、竹下通りでクレープを食べてみたくて、上京してすぐに地方出身の友人とその夢を叶えに来たこともある。あの時はまだ方言も抜けていなくてお上りさん丸出しだったけど、そんなことも今となってはかわいらしくていい思い出だ。
 いつ頃からか生クリームの暴力に勝てなくなって、原宿でクレープなんてもう数年食べていない。というか、原宿自体に用事がなかったから、来るのは数年ぶりだった。

「すごい人だね」

 休日の都内なんてどこも混んでいる。だからこんな光景珍しくないはずなのに、驚きの声が漏れ出ていた。
 老若男女がごちゃ混ぜになって駅舎を埋めている。そして彼らは改札を出て、それぞれ散り散りに街の中に消えていく。原宿は個性の街のイメージがあるけど、こんなに人がいたら多少個性にあふれた人が歩いていようが、「原宿だからそういう人もいる」くらいで誰も気に留めないだろう。だからこそ、新たな流行がここから産まれるのかもしれない。
 久しぶりの原宿駅に圧倒されている私とは対照的に、三ツ谷くんは涼しい顔をしていた。ファッション系のお仕事をしている人だから、彼にとってはおなじみの光景なんだろうか。

「花見の時期に来たことある?」
「ないなぁ。これより混んでる?」
「まーじでヤベェよ。改札通るまでに十分とかかかる」
「え、それはヤバい」

 原宿駅の西側には代々木公園がある。桜の名所だからお花見の時期は賑わうのだろうけど、まさかそれほどまでとは知らなかった。

「だろ?イライラするから、その時期は渋谷から歩いてたわ」
「着く時間そんなに変わらなかったりしてね」
「ホントにな。マジでそう」

 やっぱり、口ぶりからして日常的に訪れているようだ。改札を抜けてからの足取りからも、その様子が見て取れる。何もわからない私は、親鳥を追う雛みたいに三ツ谷くんについていく。
 「土曜に予定がなければ、買い物に付き合ってほしい」
 そんな旨のメッセージが届いたのが三日前だった。私と買い物に行って楽しいのかなと心配しつつ、どうせなんの予定もないんだしと快諾したわけだけど、どこに行くのかは私のマンション前で合流するまで知らなかった。別にどこに行くでもよかったし、三ツ谷くんがどこに連れて行ってくれるのか、ちょっと楽しみにしていたのもある。
 いつもは遊びの予定を準備する側が多いから、なんの予習もなく誰かと出かけるってあんまり経験なくて、正直なところどこへたどり着くのかわくわくしている。現に「こっちのほうが空いてるから」と案内されてまったく知らない道を歩いているわけで、ちょっとした冒険気分だ。
 
「こんな道よく知ってるね」
「あーまぁ、地元だから」
「えっ!そうなの?」

 本気で驚いてちょっと大きな声が出てしまった。
 原宿にも人が住んでいるのは知っている。でもこんな大都会東京のど真ん中の、日本中の誰もが知る街が地元だなんて。そんなことがあるなんて思いもよらなかった。そして同時に納得する。三ツ谷くんにこの街がしっくりはまっているのは、彼がここで育ったからだ。

「すんごいシティボーイじゃん……」
「場所だけな。ナマエさんが思ってるような感じじゃねぇよ」
「でもここで育ったんでしょ?そんなの考えたこともないや」

 小学校とか中学校とかどの辺にあるんだろう。そう思って聞いてみたら、案外普通にあるらしい。一体どういう学校生活なんだろう。こんな都会の真ん中にある学校の体育祭とかって、どんな感じなのか気になる。騒音で苦情がきたりしないんだろうか。
 色々と湧き出てきた疑問をぶつけつつ、三ツ谷くんについていく。しばらくするととある看板を指さして、「まずここ」と教えてくれた。どうやらいくつか目的地があるらしい。

「いくつくらいお店回るの?」
「よっつ。歩くのヤんなったら言って。今日じゃなくてもいいし」
「うん。でも歩くの好きだから大丈夫。せっかくのお天気だし」

 気を遣ってるわけじゃなくて、街歩きが好きなのは本当だ。それに今日は天気がいい。梅雨時期で晴れてるなんて貴重な日なわけだし、せっかく来たならふらふらしたい。
 一緒に買い物となると色々考えてしまったけど、色気を出さずに履きなれているかどうかで靴を選んでよかったと思う。



 服を買う時は試着してから決めたい。誰かに見てもらってどうというのはなくて、鏡で着ている自分をチェックして自分が納得できればそれでいい。だから、人に見せるのは「お披露目」って感じで気恥ずかしくて、試着室の扉を開ける踏ん切りがつかないまましつこく鏡で確認している。そうこうしているうちに店員から声がかかってしまったので、意を決して試着室の扉を開けた。
 
「どうかな……」

 鏡で見た感じはしっくりきていた。けれど人に見せるとなるとやっぱり気恥ずかしくって、少しもじもじしてしまう。「おー、似合う」と三ツ谷くんが笑うとくすぐったさが増すから、その横で「似合ってます」と営業スマイルを浮かべる店員に視線を移した。
 青山方面へ向かいながらいくつかのお店をはしごした。なんとなく惹かれるお店にふらりと寄ったりもしながら、じっくりと歩いて行った。どれも自分ひとりだったら入店どころか見つけもしないようなお店ばかりで、自分のものを買いに来たわけじゃないけど楽しい。今度からは知ってる場所以外も歩いてみようかなって、そういう気分になった。
 三ツ谷くんはどこに行っても楽しそうで、商品を次々と手に取っては真剣な眼差しを注いでいた。服が好きなんだなってよくわかったし、誰かが好きなことをしている姿を見るのは好きだ。でも、ちょっと邪魔になってしまうかもと思って、少し離れて様子を見守る。そうしていると三ツ谷くんは私のところへやってきて、「ナマエさんはこれとこれ、どっちが好き?」なんて聞いてくるのだ。
 素人の意見なんて参考になるかわからないけど、どっちが好きか自分なりに考えて、答えてみる。例えばそれがレディースのトップスであれば、次はスカート、靴と続き、あれよという間にいくつかのパターンのコーディネートが組まれて行く。
 どこに行ってもそんな調子だったから、ちょっと気に入ったシャツを見ていたら合いそうなロングスカートが彼の手で選ばれて、そのふたつを持って流れるように試着室へ。といった具合である。
 着替えの間に用意されていたサンダルを履いて、試着室の外に出る。店員は「そのサンダル、彼氏さんのチョイスですよ」となぜか嬉し気だけど、残念ながらそういう関係ではないのでふたりして曖昧に笑っておいた。男女がふたりで買い物をしていたら、そう思うのも仕方ないことだろうけど。
 それはひとまず置いておいて、確かにこの丈のスカートだと少しヒールのある靴のほうがバランスがいい。これを選んだ三ツ谷くんの目論見が確かってことだ。くるりと一回転して全身をチェックする。最初はシャツだけが気になっていたけど、上下が揃うとどっちも欲しくなる。

「うん。かわいい、いいな。買おうかな」
「いいじゃん。今日見た中で一番似合ってる」
「んー……」

 欲しいものは探してるときよりも、不意に見つけたときのほうがトキメキ度が高い。実際もう気持ちは購入するほうに傾いていて、あとはお金を出すと決めるかどうかだけだ。お財布と相談してみるともうひとつ、見た目じゃないところの決め手が欲しくなる。

「あの、これ、洗濯するときって」
「あぁ、少々お待ちください」

 店員は足早に消えて、ものの数十秒で戻ってきた。試着中のものと同じ商品を腕にのせて、洗濯表示を見せてくれる。それによるとどうやら普通に洗って問題ないらしい。それならと心が決まる。「じゃあ、上下でいただきます」と言うと、「お着換え中に新しいものご用意しますね!」とまた足早に去っていった。

「ナマエさんってそういうの気にするんだ」
「テキトーにやったら縮ませちゃったことあって。それから一応確認してるんだ」
「へぇ、なるほど」

 私の怠惰が招いた事態を反省して、それから少しは気にしている。それだけなのになぜか三ツ谷くんは嬉しそうな顔をしていて、よくわからないけど心臓がぽんと軽くはねた。
 試着室で元の服に着替えながら、その服がいいとか似合ってるとか、そういうことを久しぶりに異性の口から聞いたなぁと思う。それだけでもそわそわするのに、シャツとスカートの入った紙袋を当たり前の顔して店員から受け取り、そのまま持っている三ツ谷くんとカフェを探して表参道を歩くと、喉の奥がこそばゆくてたまらなくなる。
 誘いがあった時からうすうす感じていたけど、本当は自分の買い物のためじゃなくて、私の気分転換のために誘ってくれたような気がする。それと同時に、それはちょっとうぬぼれすぎな気もする。
 私と比べてなんの粗も見当たらない三ツ谷くんの肌を見ていると、浮つきそうな心は抑えるべきだって思ってしまうのだ。




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