シャワーからあがってアプリをひらいても新しいメッセージはきていなかった。1時間ほど前に届いた『もうすぐかえる』の文字を眺めてため息をつく。
 「夜は地元の友達と飲んでくるから」今朝そう言ってナマエさんは先に家を出て行った。積もる話もあるだろうから遅くなるのは構わないけど、終電に乗っていたらそろそろ家につく時間だ。さすがに心配なので電話をかけてみる。

 1年くらい前からナマエさんと一緒に住みはじめた。美人で優しくてそれでいて隙がなかったナマエさんに惚れたのは俺からで、周囲にからかわれながらの必死のアピールが実り、今では同棲するまでに発展した。
 生活を共にしても出会った当初の印象通り、仕事も家事もきっちりこなす彼女を見ていると、俺がいなくてもいいんじゃないかと自信をなくす時もなくはない。けれどもこうやってひとつ屋根の下で仲良くやれているし、ナマエさんも俺のこと必要としてくれている。と思う。

『もしもし?』

 数回のコール音の後、気の抜けた声がした。これは#name%さん結構酔ってるかも。声が聞けたことに一先ず安堵した。

「今どこ?」
『いま…え、いまどこだろ』
「は?」

 安堵も束の間、自分でも久方聞いていなかったくらい低い声が出た。いつもどんなに酔っ払っても自力で家に帰ってくるし、連絡すれば現在地も教えてくれるのに。
 どこかへ連れてかれてるんじゃないかとか、変なやつに捕まってるんじゃないかとか、よからぬ不安を頭によぎらせていたら電話口からナマエさんじゃない女性の声がした。

『もしもし?ナマエの友達です』

 今日の飲み相手だというその人曰く、酔ってしまったナマエさんを心配してタクシーに乗せてくれたらしい。あと5分くらいで着くから外で受け取ってほしいとのことだったので、サンダルを適当につっかけてエレベーターを呼んだ。

 エントランスの外で待つこと数分、一台のタクシー
が目の前で停車した。後部座席のドアがあくと手前側に座っていたナマエさんのお友達に挨拶される。その隣のナマエさんは半分寝かかっているようで、伏せた目がゆっくりと瞬きを繰り返していた。

「ナマエ、ついたから降りて。彼氏さん迎えにきてるよ」

 先に降りたお友達に引っ張り出されたナマエさんは「また飲もうね」とか言ってそのまま彼女に抱きついていた。タクシー代をしっかり手渡しているあたり、酔っていても根本の性質は変わらないようだ。
 ひとしきり別れを惜しんだナマエさんを引き取ってお友達に送ってくれたことへのお礼を述べると、俺の顔をみてニヤニヤされる。

「なんすか?」
「いや、ナマエが言ってた通りの彼氏さんだなって」

 それだけ言った彼女を乗せたタクシーは交差点の向こうへ消えていった。





 千鳥足のナマエさんを抱えて部屋へと戻る。昔住んでいた団地も好きだったけど、あれだとナマエさん絶対転んでただろうからエレベーターのある建物でよかったと思う。玄関に座らせたらパンプスを脱ごうとストラップの留め具いじるも一向に外せないので靴を脱がしてやると「シンデレラみたい」とふにゃんと笑った。いや、シンデレラは履かせる方じゃないか?カワイイけど。
 靴を脱がせたらリビングまで運んでソファに座らせた。水を飲みたいというので持っていってやって、隣に腰かける。たまにはお世話すんのも悪くない。

「楽しかった?」
「うん、結構飲んじゃった」
「だろうな」

 久しぶりに会う友達だと言ってたし、そんなに酒が進むほど楽しかったんならよかった。飲む場所は弁えて欲しいけど。こんなフニャフニャなところ、他の野郎に見られたくない。

「さっきの子、婚約したらしくて。それでシャンパンのもーよって」
「あー…」

 つまり、友人のめでたいニュースを聞いてテンション上がった結果がコレってことだ。先月も友人の結婚式に出席していたし、そろそろナマエさんの代は結婚しはじめる年齢なのかもしれない。友人が幸せそうで嬉しかったと笑っているけど、言外に俺のはっきりしなさを咎めているんじゃないか。勝手に想像して少し落ち込んでいた気持ちは、ナマエさんのたった一言で引き上げられた。

「だからさ、私も千冬のこと自慢しちゃった」
「俺のこと…?」
「カッコよくて頼りになって。私のこと大事にしてくれて大好きなんだって自慢しちゃった」
「マジ?」
「うん。ずっと一緒にいれたらいいなって」

 ほんのり赤いままの顔でエヘヘと笑うから、堪えられなくて抱きついた。ダメだ、もう完全ノックアウトされた。小さな柔い身体を抱きしめたままソファに倒れ込む。俺の下でケラケラ笑いながら「おもいー!」と背中を叩いて訴えてくる。その小さな抵抗にも胸がぎゅんと悶えてしまうのでごめんナマエさん、しばらく離してあげられそうにない。

「好き。すっげー好き。ナマエさんだけだから」

 白旗をあげた俺の頬を包んだナマエさんがキスをくれて「私もだよ」と微笑む。俺はきっと、一生この可愛い人に勝てない。




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