中学校を卒業して十年の節目に開かれた同窓会にはそれなりの人数が集まった。面影の残っているヤツも変わったヤツもいるが、話してみるとだんだんと当時の空気が甦ってくる。今では酒が飲めるようになっているのもあって、予想以上に盛り上がっていた。

 手洗いから戻ると元いた席が取られていたので、グラスを回収して空いている場所へに座り直す。会が始まってからずっとここへ移動したいと思っていたので、内心ではラッキーだと思った。

「あ、三ツ谷くんだ。席取られちゃった?」

 成人式で見かけてはいたが、ミョウジと話すのは卒業して以来だから十年ぶりになる。柔らかく口角をあげた彼女は、見た目は垢抜けて大人になっていたが雰囲気は何も変わっていなかった。
 当時からなんとなくこの雰囲気が気になっていた。ガキだったあの頃は言語化できなかったが、穏やかながらどこか芯を感じる所が印象的で、教科書を朗読する姿や、文化祭で楽器を演奏している姿。そして卒業式の後にあっさりと帰ってしまった後ろ姿がやけに記憶に残っていて、時折ふと思い出す。そんなふうに彼女は俺の中に残っていた。自覚はなかったが好意を抱いていたのかもしれないと、大人になった今はそう思う。

「雰囲気変わんないね。服飾の仕事にはつけたの?」
「おう。ミョウジは?」
「実はパティシエになったんだ」
「あぁ。毎年お菓子作ってたもんな」

 もうひとつミョウジについて印象的なことと言えばバレンタインだ。洋菓子店に並ぶ焼き菓子のようなクオリティの物が全て同じ見た目にラッピングされていて、彼女はそれをクラスの全員に配っていた。出来がいい上に何十個も作っているので、大変じゃないのかと本人に聞いたら「好きだから」と答えていたが、とうとう職業にまでなったようだ。

「いつもウマイから楽しみでさ。部活で貰ったのは妹と食べてたけど、ミョウジのは一人で食ってた」
「ほんとに?うれしい。頑張って作ってたから」

 照れ臭そうにはにかむ顔が酒のせいかほんのりと赤い。あの頃、ホワイトデーにお返しを渡した時もこんな表情をしていたように思う。世間話もそこそこに、名前を呼ばれた彼女は離れた席へと移ってしまった。空席になった隣へやってきたコイツは確か野球部だったはずだ。

「ミョウジと何話してたんだ?」
「なんの仕事してんのかって」
「あー、パティシエになったんだってな」
「もう聞いてんのか。中学のときからお菓子作るのうまかったもんな」
「なんでそんな事知ってんの?」

 予想外の台詞が飛んできて驚いた。クラス替えのない学校だったから、コイツも三年間受け取っていたはずだ。毎年あんなの貰っといて覚えてないなんて、記憶力がないにも程がある。

「毎年バレンタインに手作り配ってたろ。しかもスゲェちゃんとしたヤツ」
「いや、既製品だったぞ。個別にラッピングしてあったけど」
「…は?」
「女子は知らねぇけど、俺らはそうだったよなぁ」

 話を振られた近くの野郎達も頷いていた。話題はすぐに「誰が一番多くチョコをもらっていたか」に変わったが、俺の頭の中は先ほどの話をぐるぐると繰り返していた。記憶の中の彼女は誰にでも同じように、ハイどうぞと軽く渡していたように思う。わざわざ同じ見た目に包装して配っておいて、男の中では俺だけが手作りを貰っていた。十五歳の俺がその事実を知っていたら一体どうしたのだろうか。たぶん、今の俺と同じように都合よく、自惚れて解釈したに違いない。ずっと記憶の隅に居座っていた感情が、「ようやく気づいたか」と言わんばかりに心臓から血液にのって全身に広がっていく。

 思考を巡らす間にミョウジは「そろそろ行くね」と上着を羽織って席を立ってしまう。なんの未練も見せずに去っていく背中には見覚えがあるが、十年前と同じにはしたくない。適当に理由をつけ、会費を置いて後を追う。エレベーターを降りると、建物の少し先で淡いベージュのスプリングコートが信号待ちをしていた。

「ミョウジ」

 青になった信号を渡ろうとした彼女の手首を掴む。振り向いた瞳の中に、反射したヘッドライトの光が揺れていた。

「あ…もしかして忘れ物してた?」

 ある意味、忘れ物かもしれない。でもミョウジのじゃない。俺のだ。

「なぁ、もしかしてバレンタイン、俺だけ…」
「…気づいちゃった?」

 眉をさげてへにゃりと笑う。掴んだままの手首は夜風で冷えていたが、その皮膚の奥は確かに熱を持っていた。

「気づいてほしいような、でも違うみたいな…なんか、そんな感じだったんだ。まさか今になってバレると思ってなかったけど」

 気まずそうに逸れた視線が足元に落ち、細い指が風で乱れた髪をなでつけた。艶やかな紅と繊細なきらめきに彩られた顔の奥に、あどけない面影が見える。どこか大人びていたように見えた彼女も、十年前は多感な一人の少女だった。今ならそれがわかる。

「都合よく解釈したんだけど、もう遅い?」
「え…」
「俺、まだミョウジのこと帰したくない」

 はにかんだ笑顔や、あの言葉の意味、俺が抱いていた気持ち。十年がかりでその答え合わせをしたのにもう一度思い出にするなんて、俺にはそんなこと出来ない。このまま帰してしまったらきっと一生後悔する。力なく預けられたままの手首を意思を持って握りなおすと、伏せていた顔が持ち上がった。

「遅くない、し、もう少し話したい。私も」

 穏やかで、それでいて強い眼差しが瞳の奥を真っ直ぐ射抜く。十五歳の彼女もこんな瞳をしていたはずなのに、どうして俺は何も気づかなかったのか。ガキの頃の鈍感さが悔やまれるが、今になって彼女が隠したメッセージに気づいただけでもよしとしよう。

 飲み直す場所を探して駅とは反対方向へミョウジの手首を引いていく。その途中、調子に乗りすぎかと思いつつ手首から下へと滑らせて手を取ると、緩く握り返される。そんなことに年甲斐もなく舞い上がりそうになるが、冷静でいるようにと自分に言い聞かせた。

 どうせまた分かりづらい信号を送ってくるんだろう。今度はひとつも見落としたくない。




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