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 こんなことになるなんて思ってもみなかった。嘘。心のどこかで少しは期待していた。
 朝になるまで二人でいられるかな。
 そんな下心で終電を逃したけど状況は期待を超えて行き、私はいま、三ツ谷くんが毎晩眠るベッドに横たわっている。しかも、体から三ツ谷くん家の浴室の匂いがする。っていうおまけつきで。

「やめるなら今のうちだけど」

 覆いかぶさって、額と頬にキスをして、いよいよシャツのボタンに手をかけた時、柔らかい声色で念を押される。「いいよ」と答えた私の声は震えていなかっただろうか。自信がなくて、その背中に回した手に意志を込める。三ツ谷くんは私の額をさらりと撫でてから、ひとつめのボタンを器用に外した。
 ひとつ、またひとつ、ひらかれていく。だんだんと隠していたところが、三ツ谷くんの目の前で明らかになる。じりじりと恥ずかしくなって、こんな明るさの中ではとても見せられない気分になる。
 よっつめのボタンに差し掛かった手を握って、とうとうストップをかけた。

「あの、電気、もう少し暗くするのって……」
「あぁ、ごめんな。気ぃきかなくて」

 三ツ谷くんの息づかいが、どこかほっとしたものに変わる。一度身体を起こし、壁際のスイッチを押してシーリングライトを消す。また覆い被さられて、随分暗くするんだと思っていたら、私の頭上に手を伸ばしてベッドサイドのランプを付けていた。
 暖色の灯りが部屋を照らす。暗がりと光の境目は緩やかで、煌々と照らしだされるよりも随分と気が軽い。
 三ツ谷くんは「こんなもん?」と、ランプのつまみをまわして明るさを調整している。少し暗めに調整された灯りの中、目の前に喉仏の浮いた首筋と、その首にかかったネックレスのチャームがゆらゆらと揺れている。それがどうにも気になって、チャームを指でちょんとつついてみた。その仕草は三ツ谷くんの視界にも入っていたようで、口角がふっとあがる。

「気になる?」
「目の前にあったから、ちょっと」
「じゃあ、取ってくれる?」

 三ツ谷くんが私の顔の横に肘をつくと、急に浴室の匂いが強くなった。このはじめての香りに、きっと私の全てを変えられてしまう。
 差し出された首に手を伸ばし、うなじのあたりに見つけた留め具を手探りで外す。三ツ谷くんと違って器用なことはできない。留め具の外れたネックレスは指先から私の鎖骨へと滑り落ちた。

「ひゃ、」

 一瞬の冷たさに情けない声が出るが、人肌と混ざってすぐに消えた。
 私の有り様を「あーあ」と笑った三ツ谷くんが、温くなったチャームを指で摘み上げる。そして、顔の横に投げ出したの私の左の掌につるつると垂らしていく。全てを納めきると指をひとつずつ折りたたんで、ネックレスを私の手の中に閉じ込めてしまう。
 その一連をぼんやりと、不思議な気持ちで眺めていた。

「それ気に入ってんの。なくさねぇように持ってて」

 三ツ谷くんがあやしく微笑む。私は頷く代わりに左手をきゅっと握りしめる。すると、手の中の異物感が強くなる。細くて生ぬるい金属の触感が、深々と掌に刻まれていく。
 最後のボタンが外されるのを、薄明かりの中で眺めながら思う。鎖とはやはり、縛るものなのだと。

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