がらくた

がらくた程度の短いお話たち。がらくたゆえに名前変換はございません。

三ツ谷隆

 土曜の昼間に友達とちょっといいランチを食べて、お茶をして。帰宅すると、隆くんがソファに横になって寝息を立てていた。
 私の気配に気づくことなく、すやすやと眠っている。長く伸びはじめた西日が彼の眠りを妨げないよう、そろりとカーテンを閉めた。カーテン一枚ぽっちの効果でそうなるはずもないけど、さっきより寝息がはっきり聞こえる気がする。そのままの慎重さでソファの横へと腰を下ろした。
 雑誌を読んでいるうちに眠くなったのだろう。ソファの背もたれと体の間に、ドッグイヤーされた雑誌が挟まっている。ぺらんとめくれたシャツからおへそが見えているけど、本人はそんなのお構いなしで、静かに胸を膨らませてはしぼませている。
 自分にはないものが気になっただけで、断じてやましい気持ちはない。好奇心を抑えきれず、衣服のすきまから覗いたお腹にそっと手を伸ばしてみた。
 硬そうな見た目に反して押し返すような弾力がある。力が入っていないとこんな手触りなのか。しみじみしながら指の腹でなでていると、また別の興味がわいてきて私をそそのかす。腹筋の溝のところって、どんな手触りなんだろう。
 そっと、寝ている番犬の前を通るような気持ちで、シャツをまくる。お腹の溝はなだらかな土地を区切るみたいに、さっくりと走っていた。そこを横切るように指を這わせてみる。急に手触りが変わるのが面白くて、起きないことをいいことに何度か往復させる。見たことはもちろんあるけど、じっくり触ったことはほとんどなかったかもしれない。
 調子にのってお腹にぺったりと頬をくっつける。柔らかく上下して、でもちょっと硬くて、安心するけどドキドキもする。この人、男の人なんだ。わかっているけど、改めて確かめると胸が高鳴る。
 おへそのあたりを枕にして、半分くらいクッションに沈んでいる寝顔を眺めつつ、するするとお腹を撫でる。すると、不意に寝息が止まって、ゆったりとまぶたが持ち上がった。
 あ、マズい。焦ってももう遅かった。お腹に預けたままの頭にゆったりと手が添えられる。
「なぁにしてんの、えっち」
 まだ眠気を引きずったままの瞳でうっそりと微笑まれ、急に頬が熱くなる。なんか、その顔で言われても、そっちの方が……って感じだ。寝ているのをいいことにちょっかいをかけていたのがバレて、それはそれで恥ずかしい。ごまかす様に、お腹を横切る溝を一段、指先で飛び越えた。
「お腹出して寝てたから」
「こんな出てなかっただろ」
「出てた」
「ウソつけ」
 短く息を吐き出すのと同時に、上半身が起きてくる。弾力のあった筋肉が、頬の向こうでぎゅっと凝縮したのが分かった。
「はい、こっちおいで」
 背中と腰に腕が回る。私を抱えたまま再びソファに倒れ込んだもんだから、隆くんにのしかかるような形になる。「重くないの」と聞けば「それがイイんだろ」と言う。私にはよくわからないけど、彼が満足そうにしているからまぁいいかと思う。大人しく体を預けていると、いつの間にかもぐりこんでいた手のひらが背中をひと撫でした。
「する?」
「しないよ」
「そりゃ残念」
 もう少し粘られるかなと思っていたのに、もぐりこんだ手が早々に退散していって拍子抜けする。狭い場所に無理やり転がるような、そういうくっつき方も私は好きだから、どちらかと言えばまったりとこうしていたい。まぁ、そうなってもいいかな。なんて、そんな気持ちも少しだけあったけど、それは言わないでおこう。
 ひっついているとあったかくて、私も眠くなってくる。体とソファの間に挟まった雑誌の妙にぺたぺたした感触さえなければ、こんなにも快適な空間はないだろう。
「雑誌どけていい?」
「ん」
 隆くんが手探りで雑誌を掴んで、半ば無理やりソファと体の間から引き抜く。びりびりと表紙が破れた音がして、ふたりとも「あーあ」と笑った。
2024/02/25

三ツ谷隆

 こんなことになるなんて思ってもみなかった。嘘。心のどこかで少しは期待していた。
 朝になるまで二人でいられるかな。
 そんな下心で終電を逃したけど状況は期待を超えて行き、私はいま、三ツ谷くんが毎晩眠るベッドに横たわっている。しかも、体から三ツ谷くん家の浴室の匂いがする。っていうおまけつきで。
「やめるなら今のうちだけど」
 覆いかぶさって、額と頬にキスをして、いよいよシャツのボタンに手をかけた時、柔らかい声色で念を押される。「いいよ」と答えた私の声は震えていなかっただろうか。自信がなくて、その背中に回した手に意志を込める。三ツ谷くんは私の額をさらりと撫でてから、ひとつめのボタンを器用に外した。
 ひとつ、またひとつ、ひらかれていく。だんだんと隠していたところが、三ツ谷くんの目の前で明らかになる。じりじりと恥ずかしくなって、こんな明るさの中ではとても見せられない気分になる。
 よっつめのボタンに差し掛かった手を握って、とうとうストップをかけた。
「あの、電気、もう少し暗くするのって……」
「あぁ、ごめんな。気ぃきかなくて」
 三ツ谷くんの息づかいが、どこかほっとしたものに変わる。一度身体を起こし、壁際のスイッチを押してシーリングライトを消す。また覆い被さられて、随分暗くするんだと思っていたら、私の頭上に手を伸ばしてベッドサイドのランプを付けていた。
 暖色の灯りが部屋を照らす。暗がりと光の境目は緩やかで、煌々と照らしだされるよりも随分と気が軽い。
 三ツ谷くんは「こんなもん?」と、ランプのつまみをまわして明るさを調整している。少し暗めに調整された灯りの中、目の前に喉仏の浮いた首筋と、その首にかかったネックレスのチャームがゆらゆらと揺れている。それがどうにも気になって、チャームを指でちょんとつついてみた。その仕草は三ツ谷くんの視界にも入っていたようで、口角がふっとあがる。
「気になる?」
「目の前にあったから、ちょっと」
「じゃあ、取ってくれる?」
 三ツ谷くんが私の顔の横に肘をつくと、急に浴室の匂いが強くなった。このはじめての香りに、きっと私の全てを変えられてしまう。
 差し出された首に手を伸ばし、うなじのあたりに見つけた留め具を手探りで外す。三ツ谷くんと違って器用なことはできない。留め具の外れたネックレスは指先から私の鎖骨へと滑り落ちた。
「ひゃ、」
 一瞬の冷たさに情けない声が出るが、人肌と混ざってすぐに消えた。
 私の有り様を「あーあ」と笑った三ツ谷くんが、温くなったチャームを指で摘み上げる。そして、顔の横に投げ出したの私の左の掌につるつると垂らしていく。全てを納めきると指をひとつずつ折りたたんで、ネックレスを私の手の中に閉じ込めてしまう。
 その一連をぼんやりと、不思議な気持ちで眺めていた。
「それ気に入ってんの。なくさねぇように持ってて」 
 三ツ谷くんがあやしく微笑む。私は頷く代わりに左手をきゅっと握りしめる。すると、手の中の異物感が強くなる。細くて生ぬるい金属の触感が、深々と掌に刻まれていく。
 最後のボタンが外されるのを、薄明かりの中で眺めながら思う。鎖とはやはり、縛るものなのだと。
2024/02/25
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