砂糖漬けじゃあ息が出来ない



 例えば、一度も染め抜いたことのないだろう日本人然とした艶やかな黒髪が好きだ。自身の髪を染めたことに後悔はないし気に入っているがそれとは別のところで好んでいる、手に優しい感触もシャンプーのいいにおいも視界の端で風に揺られているのも。


「巻島くん」


 呼びかけられる声も好きだ、好奇とか偏見とか妙なものを含まないそれが心地いい。いくらだって呼んでほしいが催促など出来ない、もともと素直なタチではないのでなおさらだ。

 意志の強い黒い瞳はどうにも見るに耐えない、たまらなくなるからいつだって真正面からは見られなくて逸らしてしまう。彼女はオレの不器用さを充分に知っているから別段気にしたふうではない。嫌っているとか違った方向に取られていない分ひと安心のはずなのだが、それはそれでなんだかもやもやするから非常に面倒だ。他でもない自分のことだと言うのに、やけに他人事じみているのは何故だろう。それに最近は原因不明の動悸や胸の不快感が増えた気がする。幸いなことにロードには影響してねェけど、今のままの状態が続くならばいつしか悪影響を及ぼすかもしれない。



「ま、巻島くん」
「ンー? 何ショ」
「いや、あの……その、ね、」


 視線があちらこちらへ忙しなく泳いでいて面白い。普段目を合わせられないのは自分のほうなのに立場が逆転するとこうも面白いものなのか、と僅かに頬を紅潮させた白崎を見下ろした。化粧気のない目許で長いまつげが瞬きに合わせて上下する、うお見上げるのは反則っショ。



「は、ずかしいから、ちょっと離れてもらえない、かなあ?」



 そろりと窺うような上目遣い。桃色の唇はなにかを耐えるようにきゅっと引き結ばれていて、あまり見ない表情にほんの少し心臓がいびつな音を立てた。白崎にそう言われてから、自分が思った以上に白崎に近づいていたことに気がついて慌てて離れた。びっくりした、ショ。


「わ、悪ィ……」
「ううん、えっと、その……だいじょぶ、です」



 陽に焼けていない白い肌、頬のあたりがほんのり薄紅に色づいている。オレとは違って言い淀むことの少ない、わりとはっきりとした話し方をするはずなのにその声に力はなくやけに歯切れが悪い。まるで焦ってるみたいな慌ててるみたいな、照れている、みたいな。よくよく見れば黒髪の隙間から覗く形のいい耳も薄っすらと赤くなっているように見えて、大丈夫と言ったわりには未だ落ち着かぬように宙をさまよう視線も、普段の彼女と比べればだいぶおかしくて、可愛くて。その、たぶん照れているだろう様が、とても。そこまで考えてはっとした、反射的に口元を押さえる。マジかよ。


「巻島くん?」


 長いまつげが上向きになる、水に浸したように潤んだ瞳がオレを向く。視線を独り占めしていると分かった途端に湧き上がる妙に気分のいいこれは、おそらく優越感とか満足感とかそう呼ばれる類のもので。勘は鋭いほうのはずなのに自覚が遅すぎて呆れてしまう。

 どうかしたの、とオレを気遣うやさしい声、心配そうに寄せられる眉根にどうにも罪悪感が疼く。無意識にも唇に目線が行ってしまうのを、どうか言い訳させてほしいと思った。




 見上げられるとたまらなくなる、勘弁してくれと言いたかった。こっちを向かないでほしい、オレだけを見ててほしい、激しい矛盾だ。


 柔らかな黒髪に触れたいと手を伸ばしてしまう感情、漆黒の瞳が綺麗で苦手だと思った理由、胸を急き立てる動悸や謎の不快感の正体は。ああ、これはきっと恋ってヤツだ。果てしなく厄介で面倒な代物、けれど不思議と嫌な気分ではない。

 熱を持ち色づく頬に指先で触れたら、桃色の唇に触れてみたら、彼女はいったいどんな顔をするのだろうか。いまのように恥ずかしがって目線を泳がせて、そしてまたオレを見上げるのだろうか。だとしたら、とても可愛い。そう思うと普段は下がり気味の口角はにい、と上がっていた。



「別に、何でもねえショ」


 適当に返事を誤魔化して触れたいと思った髪をぐしゃりとかき混ぜてみる、嫌がるだろうかという不安はぬぐえないが情けなく頬が緩んでいくのが分かった。こんな顔、金城や田所っちに見られたら爆笑もんっショ。白崎は瞳を丸くしてぱちぱちと数度瞬きを繰り返したあと、ゆるゆると目を細めて「くすぐったい」と笑った。指通りの良い髪の隙間をオレの指がすり抜けていく、指先の熱が伝わらなければいいと、強く願った。

 ったく、くすぐったいのはオレのほうっショ。


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自分の恋に気づいた巻ちゃん。

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