まつげの震えひとつで気づいてよ


 どこが好きか、と問われると言葉に詰まる。改めてそういうことを考えさせられると恥ずかしさで死にそうになる。足りない頭で必死に考えた末、浮かび上がった結論がいまどき少女漫画でも有り得ないような安っぽく甘ったるい理由だと気づいたとき、思わず頭を抱えてベッドにダイブした。クッションに埋めた顔が熱い、しかしそれも仕方ないことだろう。ああ、本当に恥ずかしさで死んでしまう。




「譲」
「なに、」


 ふてぶてしいやつだ、わたしが首を精一杯逸らして見上げなければいけないのも腹が立つ。葦木場くんと並べば随分低い位置に見える頭でも、女子の平均身長を優に下回るわたしからすれば巨人も同然だった。太陽に透ける銀髪がきらきらして眩しい、思わず目を細める。


「電子辞書貸せ」
「ユキも、持ってるでしょ」
「電池切れた」


 仮にも貸してもらう立場の人間がなんて言い草だ。あと物を借りたいならば泉田くんのところへ行ってほしい、あのひとならばきっと快く貸してくれるだろう、ハードカバーから視線を上げて眉間に皺を寄せるわたしよりもよっぽど。仕方なく鞄から愛用の白い電子辞書を出して手渡す。小さくさんきゅ、と言うユキはふてぶてしく生意気な割に律儀だ。


「なに読んでんの」
「ミステリー」
「面白れぇ?」
「まだ一人も死んでない」


 事件すら起こっていない。そう言うとユキは自分から聞いたくせに、ふうんと興味があるんだかないんだか分からない返事をした。再び本に目線を落としてもただ文字の上を目がすべっていくのが分かる。見下ろされる視線が痛くて集中出来ない。そろりと窺うように上目で見れば電子辞書片手にわたしを真っ直ぐ見つめる瞳とかち合う。ぎょっとしてすかさず目を逸らそうとするが反射神経はユキのほうがいい、運動神経も然りだ。反射的にうつむこうとした顔を上向けられて半ば無理やり目を合わせられた。絡む視線が近い、顎に触れる指先がやけに冷たい。


「どこ見てんの譲」
「ちょ、っと、ユキ、」
「なに」


 ここは教室だとか人が見てるだとかとにかく近いから離れてほしいとか、言いたいことはたくさんあるのに声として空気を震わせることはない。発声器官であるはずの喉はユキがそばにいると時々機能しなくなる。

 顔が熱い、目の前の余裕綽々の顔がむかつく。どこ見てんの、なんてわざとらしい。どうして目を逸らしたのかとはっきり言えばいいのにわざわざ回りくどい言い方をするあたりユキは意地が悪い。分かってるくせに、と言うのは負けた気がして睨みつけることで対抗した。


 いい加減首が痛い。伸ばされた腕を叩いて無言の抗議をすればユキは呆気ないくらいあっさりと手を離した。照れのひとつも滲まない澄まし顔が気に食わない。わたしばかりが必死になっているようで悔しい。でも、ばかみたいに心臓がどきどきしているのは紛れもない事実で、わたしよりも正直なそれが少し恨めしかった。


「譲、今日昼は?」
「……お弁当、だけど」
「食堂で食おうぜ。これのお礼にアイス奢る」


 アイスは好きだけど、それにつられたわけではない。断じて違う。顔が熱いのは教室の窓が閉め切ってあるせいだ、ユキとお昼一緒に食べられるのが嬉しいとか、別にそんなんじゃない。



「……ん、わかった」


 自分でもびっくりするくらい無愛想な声が出て、ぱちりと目を瞬かせた。ユキも少し驚いたみたいに目を見開いていて、弁解しようと口を開くけれどうまい言葉が都合よく浮かんでくるはずもなく口を閉じた。焦っているはずなのに頭のどこか冷静な部分で、ああやっちゃったなと考えて自己嫌悪した。


 もうすこし、可愛い反応ができればいいのに。素直じゃないのは知ってる、わたしがなかなか素直になれないこともユキは分かってくれている。けれど時折自分の可愛げのなさに自分でびっくりするのだ、それと同時に申し訳なくなる。

 ユキだって健全な高校生男子なんだからもっと恋人らしいことをしたいはずだ。手をつないだりキスをしたり、その先だって。それなのに、こんな無愛想で可愛げがない上に臆病なわたしを選んだせいで亀よりも遅いペースで歩むことになってしまった。足並みを合わせてもらっていることもそうだし、素直じゃないカノジョなのも申し訳なかった。ユキのことはちゃんと、その……好き、なのに、それを伝えるというのがどうしてだか実行できない。照れ隠しが度を過ぎて素っ気ないというよりつっけんどんな態度を取ってしまう。



「譲」


 静かな声で名前を呼ばれるけれど顔が上げられない、自業自得なのは分かっていてもユキの目を見るのが怖かった。今度こそ呆れられたんじゃないか、わたしのこと面倒くさくなったんじゃないか、やっぱりユキにはもっと愛嬌があって可愛い子のほうが似合うんじゃないか。ネガティブな考えが浮かんではぐるぐると頭のなかを回って、強くつむった瞼の裏が熱くなった。


 可愛くない彼女でごめんなさい、ユキ、嫌いにならないで。そう言いたいのに言葉は喉の奥で震えるばかりで声になってくれない。冷たく突っぱねてしまったのはわたしなのに何も言えないことが情けなくて仕方がなかった。


 頭の上に何かが乗って、柔らかく髪をかき混ぜられる。それがユキの手だと気づくのにたいして時間はかからなくて、必死でうつむけていた顔を思わず上げてしまう。ユキの、少し細められた優しい目がわたしを見つめていて、胸が苦しい。



「これ、ありがとな。昼は迎えに来るから。あと、」

 譲のそれが本心じゃねーの、ちゃんと分かってるから。




 自分がなんてユキに返事をしたのか、正直定かではない。ひらひらと手を振る後ろ姿をぼんやり眺めて、発熱したように赤くなっているだろう顔を両手で包んだ。

 そういう周到さはずるい。わたしのだめなところもコンプレックスもぜんぶすくい上げてしまって、何も言えなくなる、好きだ。ユキの、そういう優しいところも、意地悪く笑うのも、手のひらのあたたかさも。大げさかもしれないけれど、全部、すきだと思う。この甘ったるい思考をユキに伝えられればいいのに、そうすれば少しは可愛くなれるかもしれないのに。……でも、そうしたら今度はわたしが羞恥で死にたくなるんだろうな。


 内容が頭に入ってこない本はとっくにしおりを挟んで閉じられていて、熱を持った顔を隠すように冷たい机に突っ伏した。昼休みまであと一限、大好きな日本史の授業を、わたしはどんな顔して過ごせばいいんだろうか。



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黒田くんと素直になれない系女子。
同い年には余裕かましてそうな黒田くん腹立つ。

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