ともだち検定準2級



「田所くんは、ずるいなあ」
「あ?」



 今まさにジャムパンにかぶりつこうか、というところで慣れた声に意識を持っていかれた。昼休みを知らせる鐘も少し前に鳴ったところで、教室内はがやがやとそれなりに騒がしい。それにもかかわらず意志の強い黒目は凛と、というにはいくらか恨みのこもったのようなものを持って、しかしオレひとりをを真っ直ぐ見据えていて、妙に居心地が悪かった。とりあえずジャムパンを大きく一口かじり、パックの牛乳を飲む。すると弁当箱の包みすらほどいていない白崎が、鋭く憂いを帯びた視線を落として、はあと悩ましい溜め息をついた。なんか話があるなら聞いてやるからそれはやめろ。



「で、何がずるいって」
「……話を聞いてくれる気は一応あったんだ」



 白崎は形のよい眉をハの字にしながらようやく弁当箱に手を伸ばした。小さなそれに、これまた小さな手がのろのろとバンダナをほどいて丁寧に折りたたむ。その間、桃色の唇はへの字に硬く結ばれていて、白崎になんかしたっけかと記憶を探ることになった。なんも覚えがないからたぶん平気なはずだ、たぶん。白崎は自分から話題を振ったわりに黙り込んで、箸を取って飯を食うのかと思いきやまた溜め息をついた。オイだからそれはやめろ。



「……巻ちゃん、が」
「巻島? 巻島がどうかしたのか」


 なんとも言いづらそうに口を開く白崎から出た名前は、チームメイト兼、目の前のクラスメイトの彼氏さまのものだ。とうに呼び慣れたはずのそれをどうしてだか歯切れ悪く口にする白崎に、オレのほうの眉根も寄る。


「べつに、その、大したことじゃないんだけどね」
「いーから言ってみろって」


 どうにも焦れったいというかもったいぶっているというか、まどろっこしい。本人は真剣なんだろうが、わけも分からないままに突然ずるいと言われて回りくどく待たされるほうの身としてはもっと直球で来てくれと思う。迷うように困ったように刻まれる眉間に、そんなことはとても言えないのだが。



「……巻ちゃん、田所くんと一緒にいるときね、なんかきらきらしてる気がするの」
「ハア? 何だそりゃ」



 真面目に考えて損したぜ、とジャムパンを詰め込み焼きそばパンに手を伸ばそうとすると、わたし真剣に言ってるんだよ、と恨めしそうな声で反論される。すこしだけ拗ねたような声色も唇を尖らせる仕草も、年不相応に幼い同級生に言葉に詰まる。普段はわりと大人しいというか控えめというか、あまり騒ぐようなタイプじゃないくせに、ひとたび巻島が絡むと白崎は結構うるせえし意味が分からないことを言い出したりする。オレから見れば小さなことで悩んでうめいて、たまに拗ねて。どうしてそんなことをいちいち気にするんだか、と呆れもするがそのだいたいが巻島に関係することだから、まあそれを考えれば若干面倒くさいが白崎はかわいいことをしているのだと思う。このことを巻島本人に教えようかどうかは一年の頃から迷って、結局は一度も伝えていない。


「まあとりあえずメシでも食えよ、腹減ってるとそれだけで冷静じゃねえんだから」
「……おなか空いてるから食べるけど、食べるけどさあ、」



 ただでさえ細い身体をさらに削ぎ落とすつもりなのだろうか。それにオマエがメシ抜いたりすると同じクラスのオレがどやされんだよ。田所っち、できる範囲で譲のこと見ててやってくれ、でも、まああれだ……惚れんなよ。視線はあらぬところを泳いだまま、照れ隠しのように頬をかく指。元の肌が白いせいか余計赤さの際立つ指の先を思い出して、こらえきれずに今度はオレが溜め息をついた。互いの知らぬところで、人騒がせなカップルだ。頼むからオレを挟まずにやってくれ、と思うが言い出せないままだらだらとふたりの話を聞き続けている。オレも大概お人好しだよなあ、と思うが不器用なこいつらを放っておくとロクなことにならないのを身にしみて分かっているからだろう、と結論付けた。


 白崎は小さな口にひとくちぶんにも満たない白米を持っていってほとんど惰性のように咀嚼しながらも、やたらと深刻そうに眉間に皺を寄せては真剣に悩んでいるようだった。笑ってるほうが身体にもいいんだから、くだらねぇことで悩んでねえで直接言ってやったらいいのに、というのは第三者のオレだから言えることなのだろう。やや濃いめの味付けの焼きそばとシンプルなコッペパンの絶妙なバランスを楽しみながら口を動かしていると、白崎が至極ゆっくりと白米を飲み込んで小さな息を吐いた。やめろって幸せ逃げんぞ。



「……その、ね、田所くんと一緒にいるときの巻ちゃんは、なんか自然っていうか、年相応っていうかね、普通の男子高校生みたいで……ちょっと、羨ましいなあって、思いまして」わたしにはそういうの、あんまり見せてくれないから。



 口元はやんわりと控えめに笑みの形を保ってはいるが、漏れ出た言葉も情けなく垂れ下がった眉も、まるで雨の日に段ボール箱に捨て置かれた子犬のような風情で。はああ、と海よりも深い溜め息を吐きたくなった。自転車以外にはめっきり不器用で、素直になんかなれない男だ。オレや金城に見せるあの気さくさというか、時の流れが許した態度を羨ましく思ったのだろう。男同士と男女の勝手の違いも少なからずあるだろう。ノロケならよそでやれよ、と思うが男心なんて到底分からないだろうコイツと、女心なんて存在を認識すら出来てるか危ういアイツだ。オレが放っておいたらどうなるかも分からねえ。



「だから、その、ごめんね。田所くんにちょっと嫉妬、みたいなのしてたの」「こどもっぽいよね。わたし、いちいち悩んでばかみたい。ごめんね田所くん」



 気恥ずかしげに肩を縮こまらせる白崎の柔らかそうな頭を遠慮はなしに、ただし手加減はしながらかき回す。わああっ、とおよそ女らしくはない悲鳴が上がる。ぐわんぐわんと小さな頭が揺れる、黒い髪があっちこっち好き勝手な方向に跳ね回る。え、ちょ、まっ、うわ、やめ、およそ可愛げのない声が聞こえてきてほどほどのところでやめてやると、それでも白崎はぐったりして先ほどよりもなおさら恨みがましそうな、しかし生気は少しばかり復活した目つきでオレを見上げた。幸いのこと弁当は無事なようだが本人は無事ってわけでもないようだ。うーうー唸りながら、合間に「田所くんのばかやろー……」となんとも迫力に欠ける罵倒が飛ぶ。机に突っ伏したまま動かない様子を見るとちょっとやり過ぎたようだ。薄っぺらな背を撫でさすってやると、顔の向きを変えた白崎の瞳と視線が合う。いくらかためらったように唇を開いたかと思うと、なにか言葉を紡ぐより前に力をなくしてまた閉じる。それを何回か繰り返したあとに、ようやく白崎は言葉を紡いだ。




「田所くんにとってはくだらないかもしれないけど、わたしにとっては結構、深刻なんだよ」さみしいの。




 蚊の鳴くように細く、泣き出す一歩手前のように湿った、そんな弱々しい声だった。机にぺたりと頬をつけて、揺すぶった気持ち悪さから抜け出せてないのか弁当には最初の一口きり箸も伸ばさない。じわりと潤みだした瞳は瞬きをした間に隠されてしまった。伏せた瞼がやけに白くて、頬に影を落とす長いまつげはひどく女らしいのに、尖った唇は拗ねた幼いこどものそれで、実にちぐはぐだ。


「わたしにもそういうふうに接してほしいとか、いろんな巻ちゃんが見たいとか、わがままなのかな」



 好きな女の前でくらい、格好付けさせてやれよ。同じ男で、不器用なアイツとの付き合いも今年でついに三年目に突入したオレとしてはそう思う。でもコイツは、きっと巻島がどんなに格好悪いところを見せても、それすら好きだと言って笑うのだろうとなんとなく思った。だから、ノロケならよそでやれ。今度こそは丁寧に、ぼさぼさになった小さな頭に触れる。ったく、本当に面倒くせえ。おまえらオレに心底感謝しやがれってんだ。



「とりあえず飯食え。んで、食い終わったら巻島んとこ行って、さっきのやつ直接言ってやれ」
「え、やだ絶対にむり、無理だから!」
「んでだよ、簡単だろ」


 オレが言い出したことをばっさりと無理だと言った白崎に若干いらっとして、頭に触れていた手を離せば白崎は自分の小さな手で顔を隠してオレから見えなくさせていた。だが髪の隙間から見える耳は見事に隠しきれていない。頭隠して尻……じゃねえけど、まあなんとやら。分かりやすいくらい真っ赤になったそれに、顔色なんて見ずともお察しだ。……こういうところは、素直にかわいいとは、思う。いじらしいとでも言うのだろうか、どちらにせよ面倒くささには何の変わりもないが。いくらかうーうー小さなうめき声とも唸り声ともつかぬ音を上げていた白崎が、ひどく言いたくなさそうに口を開く。


「絶対、何がなんでも、むりなものはむり……巻ちゃん、に面倒くさいって思われたくないし……き、きらわれたく、ない」しんじゃう。


 これまた聞き取りづらい不親切な音量でぼそぼそと情けないことを言う白崎に、もはや呆れる仕草のレパートリーが尽きた。ついでに言えばもうこれ以上フォローの仕様もない。犬でも馬でも相手にしねえようなそれに、オレがいつまでも付き合ってやる義理もそろそろない。食いかけのパンを二口で放り込んでパック牛乳を飲み干す。ずずっとストローが間抜けな音を立てて、べこりと派手にパックがへこんだ。残念ながら腹はまだ満たされないし、いつまでも埒の明かない無自覚な天然の話を聞いてやる気もない。財布を片手にポケットから携帯を出して操作しながら席を立つ、と項垂れていた白崎が露骨に慌ててぎょっと丸くした目でオレを見上げた。まるで話の途中でどこ行くの、とでも言いたげな縋るような弱々しさを含んだそれに、長年の付き合いの良さで揺らがないわけではない、けれど。オレの役目はもう終わりだ。ほら。


 すごい勢いのまま教室に飛び込んでくる、よく見知った派手な色彩。思わず笑い転げそうになるほど必死でコワイ表情。額に浮かんだ汗と白いシャツから透ける肌に、どれだけ必死こいて走ってきたのか想像はたやすい。状況を呑み込めていないのはどちらも同じなようで、その呆けたツラはよく似ていた。ぱちりと瞬きが揃う。お騒がせな野郎どもを教室に置き去りにして廊下に出る。振り返らずにひらひらと手だけを振った。未だ満足のいかない腹を満たすため、目指すは購買だ。同じタイミングで後方から声が響く。


「え、待って、田所くん?!」
「ちょ、田所っちどういうことっショ! このメール、」




あーあーうるせえ。知ったことか。少しはひとに頼らず自分たちでなんとかしやがれ、似たもの不器用迷惑カップルめ。







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田所くんが羨ましい女の子のはなし。
のろけを聞かされるのにも飽きているし、そろそろ放り出したい。
1級だって夢じゃないけどうれしくない。

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