致死量の恋心



 さらさら揺れる黒髪も長い下まつげも歯ぐきの覗く大きな口も、わたしにとっては可愛らしく見える。みな口々におかしいと言うが、そんなことはないと声を大にして主張したいくらいだった。

 以前東堂くんに「この美形が理解できぬとは譲の趣味はよく分からんな!」と言われたが少し違う。東堂くんの顔はうつくしいと思う、理解は出来ている。うつくしいものを愛でるのは道理だ、そのこころもある。けれどどうにも惹かれないのだ。自らを美形と豪語する彼のかんばせと、わたしの好みは一致しない。ただそれだけのこと。




「荒北」
「アァ?」


 睨むような凶悪な目つきすら不器用のあらわれと思えば、たちまち怯みなど消え去ってしまう。威嚇に似た仕草が日に日に和らいできているのをこの男は知っているだろうか、それにわたしが密やかに喜んでいることも。

 普通の女の子なら怯えてしまいそうな視線を真正面から受け止め笑ってみせる。そうすると居心地悪げにそっぽを向くのだ。まるで普通に接するわたしに対して無愛想な態度で臨んで悪かったと無言で訴えるようなそれが、わたしの胸を刺激してやまない。軽く髪の掛かる横顔の色づいた頬の意味を深く詮索はしない。あまりに茶化すと真っ赤になって口を利いてもらえなくなる。これは経験則ではなく、彼と同じ部活に属する東堂くんと新開くんを見て学んだことだ。いちいち返ってくるうぶな反応も胸をくすぐるけれど、踏み込むにはまだ接した時間が短すぎる。短期決戦で万が一でも玉砕などごめんだ。


「さっきの授業、寝てたでしょう」
「白崎チャン、気づいてたのォ? なら起こしてくれりゃァよかったのに」


 ふふ、と笑いが零れる。そうすると先ほどのことを忘れたかのようにさっぱりと短くなった髪を揺らして素直にこちらを向く。他人から見ればその眼光は鋭く、恐ろしいものなのだろう。けれど、やけに甘やかに見えるのはわたしの自惚れだろうか。


「ごめんね、あんまりにもよく寝てるからしつこくするの忍びなくて。何度か起こそうとはしたんだけど、揺すっても荒北起きなかったから」
「……マジかヨ」
「大マジですよ?」


 驚いたように見開かれた瞳の黒さや目つきの悪さに気を取られてあまり気づかれない下まつげの長さ、きれいだなと自然に頬が緩む。程よく日焼けした肌が熱を集めて色をつける、その理由を問うことはやはりまだしない。


「ここ、」
「なにィ?」
「寝痕、ついてる」


 指先でノートの痕のついた頬をなぞれば、視線があちらこちらに逃げるように泳ぎ回る。徐々に伝わる熱、真昼では太陽も赤く染まる言い訳にはなってはくれない。夏もそろそろ近いけれど、まだ陽射しが眩しいだけで汗をかくほどの気温でもない。大きな口が何か言いたげに開いて、結局言葉を生み出すことなく閉じた。


 ほら、かわいい。柔らかい黒髪は顔を隠すには短く、長い下まつげも視線につられて上下を繰り返す。ひとに噛みつくような大きな口も照れては物も言えない。
 東堂くんのような、誰もが賞賛する整ったそれではない。だが見ろ、触れた指先に戸惑う素直な口を、無遠慮に触れたことを拒まない染まった頬を、離れてほしくないと訴えかけるように見つめる目つきの熱っぽさを。

 こんなにときめくことはあるだろうか!


 東堂くんや新開くんに向ける荒っぽさをどこに置いてきたのと問いかけたくなる、この様を。無愛想でぶっきらぼうなのにこんな顔を見せられてみろ、可愛らしいにもほどがある。

 少しちぐはぐだけれど日本的な美が散りばめられた顔の造形も確かに好みである、けれどそれ以上に荒北靖友から滲み出る可愛らしさにわたしはやられていた。ロードに乗っているときとは大違い、こんなに可愛いひとをわたしは他に知らない。



「白崎チャン、サ」
「なあに?」
「あんまこーゆーこと、しないほうがいいンじゃナァイ?」
「……なんで?」


 まだ目線は合わさらないまま、顔も面白いほど赤いまま。それでも荒北は拒絶しないからその優しさに甘える。ぼかした言葉の真意を荒北の口から聞きたくて、首を傾げてわざわざ聞き返す。自分で言い出したくせに困った顔するんだからもうたまらない。


「勘違いとか、するヤツいるンじゃねーの」
「……そっか、ごめん。そうだよね、こういうの荒北を好きな子に悪いよね」
「そーじゃネェヨ、」
「あ、荒北もしかして好きな子いる? それなら尚更悪いことしちゃった、ごめんね」
「ッ、だからァ!」


 正直面白い。なんとなく言いたいことは分かってはいるけれど真剣な顔をしてとぼけてみせる。未だゆるゆると頬を撫でられながら声を荒げる荒北の顔は茹で蛸にも負けないほど赤い。耳まで淡く色づいていて、それに嬉しさと少しの優越感を抱く。指先から分かりやすい熱が伝わってくるのに頬が緩んだ。

 ねえ荒北、わたし期待しちゃうよ。そんな顔してそんなこと言って、ねえ勘違いしそうなのはわたしも同じなんだよ。あなたはきっと、気づいてないだろうけれど。今にも叫び出しそうなほど高鳴る心臓を、どうしてくれよう。


「……白崎チャン」
「ん? 荒北ほっぺ柔らかいね」
「そーかヨ、」


 撫でるだけでは飽き足らず、ふにふにと摘んでみれば予想外に嫌がる素振りを見せないのでそのまま感触を楽しむ。頬の赤さも熱さも顕著なもので、東堂くんや新開くんが見たら指差して腹を抱えて大爆笑でもしそうなほどだ。こんな荒北、彼らは見たことないんだろうな。照れ隠しに怒鳴りもしない、ただまつげを震わせて耐える荒北なんて。

 借りてきた猫のように大人しくしている荒北は相変わらず何かを伝えようと口を開き、そのたびに首を傾げて顔を覗き込み続きを促すのだけど一言も発さずに閉口してしまう。言いたいことがあるなら好きに言えばいい、なんて確信犯のわたしはちょっと意地が悪いかもしれない。


 わたしが誰彼構わずこういうスキンシップを取らないことなんて荒北は知っているだろうに。少し考えればその意味も分かるだろうに、肝心なところで踏み込んでこない。そういうところも嫌いじゃないし、この微妙な距離でのじゃれあいも今しか出来ないものと考えれば愛おしいけれど。もうちょっと、わたしが自惚れてるくらいには、自信持ってくれたっていいのに。


 伸ばしていた手のひらがあたたかな何かに包み込まれる。それが荒北の手だと分かるのに大して時間はかからなかった。薄っぺらくて筋張った、わたしのものより一回り以上大きなそれ。荒北の頬に手を添えるような形に落ち着かされ、自分で仕掛けたことだけれど恥ずかしさに目線が泳いだ。ナァ、と小さく震えた声に呼びかけられ長いまつげに縁取られた瞳を見つめる。


 何で、今このときにそういうふうに真剣な目をするのかな荒北。鼓動が無駄に速まるのを感じて、少し居心地が悪い。熱量と甘い空気に呑み込まれて、少しくらくらした。



「こーゆーことされっと、オレ、とかが……勘違いしちまうかも、ヨ?」
「あらきた、」
「白崎チャンが、オレのこと、好きなのかも……みてェな、」


 好きなひとに、真っ赤になりながらこんなこと言われて、まだとか下手な言い訳をつけて先延ばしに出来るほどに、わたしは大人になれない。
 わたしを見据える眼差しの強さも、手のひらを包む指先の震えも、期待と不安を含んだ声も、どうして愛しくないと思えるだろうか。かわいくて、そんな荒北が好きで、おかしくなっちゃいそうだ。



「……勘違いじゃない、よ」
「ハ、」
「相手、荒北なら、勘違いじゃないから」



 その顔で照れるのやめてよ荒北、ちょうかわいいから。なんて、首から上がひどく熱いわたしも、きっと人のことを言えないんだろうな。



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かわいいは正義。荒北さんが可愛くて仕方ない系女子

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