答えはきみと同じでいい




 たぶん御手杵は、なにも考えていないんだろうな、と最近しばしば思う。男だとか女だとか、そもそも付喪神という仮にも神の端くれに位置するものだから、人間の性別だとか、そういう概念すら理解していないのかもしれない。少なからず、重要視はしてないのだと思う。だから、御手杵は女だからとかそういう理由ではなく、わたしが主だから懐いてくれていて、親愛の証としてこうして触れてくるのだと。そう自分を納得させていないと、とてもじゃないがやってられない。




「主ー? どうかしたか?」

 自分の頭より高い位置から聞こえる声は、ずいぶんと耳に馴染んだものだった。具合でも悪いのかとでも言いたそうな顔をした御手杵は、ただでさえ近くにある顔をさらに覗き込んでこようとするので、慌てて何でもないから大丈夫、と返した。全然何でもなくないし、大丈夫でもない。溜め息でもつきたいところだが、そんなことをしてしまえばまた御手杵に疑われてしまう。付き合いが長いというのもこういったときに厄介で、御手杵はわたしの咄嗟の言い訳に納得した様子はなく、まだ飽きずに首を曲げて顔を覗き込もうとする。


 以前少し熱っぽいかも、と独り言のつもりでこぼしたわたしに「こうすれば人間は熱がだいたい分かるんだよな? 便利なもんだよなあ」と額をぶつけるように合わせてきたことを思い出す。御手杵なりに加減はしたらしいが、か弱い人の身と刀剣男士の部分的衝突だ。わたしが無事で済むわけがない。案の定赤く腫れ上がった額はずいぶん人目を引いたし後も引いた。正直熱云々より痛みのほうが勝った。槍同士気が合うのかよく一緒にいる蜻蛉切やわたしの母かと言いたくなるほど面倒見の良い燭台切から始まり、主に女の子扱いをしてくれる清光に乱に次郎に、彼と仲のいい脇差たちにもそして珍しくたぬきにも、果てには鳴狐のお供の狐にさえ正座で説教を受けていたのを思い出す。本人はわたしを思った行動をしたまでであって、なぜ自分が怒られているのか全く理解していなかったし、今でもそれは遺憾に思っているらしい。むしろ褒めてもらっても構わないんだぞ、と言わんばかりの言い草に、こういうやつだよ、と痛む額を押さえながら思ったのを覚えている。それでも御手杵はいいやつだし、いい槍だ。主であるわたしがよく知っている。自分に素直だし、文句を言いながらも馬当番も畑当番もこなしてくれるし、刺すしか能がないなんてとんでもない。武器としての本文を忘れず、いつでもぶれずに真っ直ぐでいてくれるから、わたしはここまで来れたと言っても過言ではない。



 だが、それとこれとは全くの別問題だ。どうしてわたしがこんな感情を抱え込んでしまっているのか、こんなにも頭を悩ませているのか、御手杵は一度でも考えたことはなさそうに見受けられる。いつも通り何も気にしたふうもなく、定位置が何よりと言わんばかりの上機嫌な顔をしている。ついと視線をやれば構ってくれるのか、と言うように顔をぱっと明るくさせて、空いているわたしの手のひらをつかまえて頬をすり寄せてくる。図体はでかいが忠犬のようで可愛いと、そう思っていたのは過去のことだ。いや、今でも可愛いとは思っているけれど、それだけで収まらないから困っているのだ。わたしばかりがぐるぐると考え込んで、ばかみたいだ、と思ったのはいったい何度目だろう。



 胡座をかいた御手杵の足の上に横を向くようにして座らされ、まるで赤子のようにすっぽりと抱え込まれるのは、我が本丸においては日常風景と化していることの一つである。御手杵はわりと初期に来た刀剣男士で、はじめは刀装を砕いて敵を突くどころか肌を撫でる程度の攻撃力にたびたび落ち込んでいた彼が、いまやほんの一突きで首級を挙げて帰ってくるのだから時の流れとはかくも早いものだ、とまだ若いはずなのに思わず遠い目をしたくなる。審神者に、この本丸の主になってからもうずいぶんと経つ。はじめはこのあまりに物理的距離の近い体勢にお小言や羨みをこぼす子もいたが、いまではもうみんな慣れっこで不思議がる者のほうが少ない。同じ槍としてか、刀剣男士のなかでもとりわけ武人然とした蜻蛉切は未だ何か言いたげなのは知っていたが、今さら御手杵が言うことを聞くとは思えない。何だよ蜻蛉切もしたかったのか、と変な勘違いを起こして、蜻蛉切の膝にわたしを乗せるようなやつである。



 それにしても、だ。最近の御手杵は、どうにもこうにも些か目に余る。膝に乗せられるのが嫌だとか、そんなことはない。抵抗したって無駄なのは痛いほど分かっているし、わたしの頭の上に顎を乗っけるのがたいそうお気に入りの御手杵を無理に引き剥がすのは気が引けるのは確かなのだけれど。些か、度が過ぎていると言わざるを得ない。いつから膝に乗せるだけで飽き足らなくなってしまったのか、わたしすら明確には覚えていない。そっと背中に回される腕だとか、押し付けられる胸板から聞こえる心音だとか、わたしを抱き寄せたときに見せるとりわけ優しい顔だとか。そんなものを間近でまざまざと見せられて感じさせられて、わたしが平常でいられると思っているのだろうか。勘違いを、起こしそうなのはわたしのほうなのだ。御手杵はわたしのことを主として認め慕ってくれていて、過剰に思えるスキンシップも親愛を込めてのものだ。その、はずだ。



 男だとか女だとか、神だとか人だとか、何も意識していないのだろう。だからこうしてわたしに他意も照れもなく純粋に触れ、好きなだけ甘えるし甘やかそうとする。そばにいると安心する。御手杵の膝の上は、腕のなかは安全なのだとわたしが一番知っている。突き放すことができないから、こうしてひとり悩んでいるのだ。皮肉にも悩みの種の膝の上で、いつものように抱き寄せられながら。自分でもなかなか矛盾している思考と体勢だが、身に染みついた習慣とは恐ろしいものである。事実困っているというのに、伸ばされる大きな手のひらをとても拒めなかった。



 御手杵に対して甘い自覚は、正直ある。期待を込めてきらきらと輝く瞳にほだされたことがないと言ったら、嘘になる。でも、それでも、いつまでもこうして恋人の戯れのような触れ方を続けられるのは困るのだ。知らんぷりを貫けるほどわたしは鈍くはないし、いま目を瞑った結果さらに状況が悪化するなんてことになったら、それこそよくない。よくないと、分かっている、のに。どうにもこうにもまとまらない思考ににわかに頭痛がして額を押さえて息を吐くと、ほんのすぐに御手杵の顔があった。



「なー、本当にどうしたんだよー。なんか今日変だぜ?」



 ひとり硬直して、心配に曇る顔を見つめる。相変わらず何も考えていなさそうな、なんの意識もしてなさそうな、整った顔だ。御手杵に触れられて、こんなにも心臓を壊しそうに高鳴らせているわたしのことなんて微塵も気づいていないだろう、すっとぼけた顔。きゅっと寄る眉根も、わたしの身を案じる言葉も、些細な変化に気づく瞳も、わたしが女だからじゃない、わたしが主だから向けられたものだと、痛いくらい知っている。だから、この想いは、この悩みは、外に出すべきではない。空気に触れて砕け散るくらいならば、いっそ深くまで呑み込んで溶かしてしまうほうがよっぽどいい。


「ああ、うん、」


 ずいぶんと気のない返事をして、自ら両手を伸ばして御手杵の額の横、ふわふわと柔らかな茶髪に触れる。いくらか梳くようにして手を動かすと気持ちよさそうに目を細める。その仕草に、きゅうと苦しくなる胸を必死で押さえ込んだ。張り裂けそうだ、なんて表現がこんなにも的確なんだと初めて知った。されるがままに大人しくしている御手杵をそうっと引き寄せれば、静かに、痛みなど微塵もなく額が重なり合った。見開かれるいとしい茶色の瞳をぼやけるほど近くに捉えたあと、ゆっくりと瞼を下ろす。じわりと伝わる、生ぬるい御手杵の体温。ひとり熱を上げたわたしのそれと比べると滑稽なほどの温度差だった。



「ちょっと、熱っぽい、かもね」



 閉じた瞼の裏に涙が滲むのを感じたが、意地でもこぼしてなるものか、と唇を噛みしめる。じきにこの熱も冷めるだろう。喉元も過ぎてしまえば熱さは忘れる、きっと忘れられる。ずっと昔からそう言うのだから間違いなんて何もない。閉じた瞼の向こうがわ、御手杵がどんな顔をしていたのかなんて知らないし、知る由もない。わたしも御手杵も、知らなくていいものだ。




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御手杵はどこまでも槍だった話。

恋愛関係に無知すぎるおてぎね。めっちゃはぐとかしてくるけど無知だから変な気を起こしてはいけないと悶々する審神者。とうらぶ部屋の子とはまた別の審神者です。
友人のリクエストでした。おてぎねさん書きやすい。

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