きみのお気に召すまま



 わたしの友人である荒北譲というおんなのこは、その容姿でだいぶ得をしていると思う。人生イージーモードもきっと夢ではない。もう幾年か年を重ねればおそらく美人という部類に入るのだろうかんばせ。容姿は整っているがどちらかと言わずとも可愛らしい部類で、落ち着いた雰囲気を醸し出しているが仕草や表情からどこか瑞々しい少女のようなあどけなさも感じさせる。同年代にしては小柄な身長と華奢な体つきから小動物然とした愛らしさをも兼ね備えている、およそ同い年とは思えない恐ろしい少女。それがわたしの友人の荒北譲の持ちうる素晴らしいスペックである。わたしは荒北譲を友人としてこよなく好いているけれど、彼女の存在と後輩で美形と名高い東堂くんの存在によって、やはり世の中美人とイケメンはひいきされるのだとしみじみ感じている次第である。



 そろそろ腹の虫も鳴く頃の四時間目、古典の先生がお偉い先生と集まって会議だか勉強会だかで自習だった。早々にプリントを片付けたわたしと譲は花の女子高生らしく噂話をしたり雑誌を広げたりと昼休みまでの空いた時間を満喫していたのだけれど、譲の携帯が震えてからわたしはしきりに溜め息をついている。件の世の中は美人とイケメン云々と、いたって個人的な感情からだ。最近の女子高生にしては珍しく携帯に依存していない譲が、震えた携帯に教室内では見たこともないほど嬉しそうな反応をしたので、何人かのクラスメイトの目を引いた。譲は先ほどから周囲に花でも飛ばしそうなほど上機嫌な様子で、待ち遠しそうに黒板の上に掛けてある時計を見上げては視線を落とす行為を繰り返している。まだかな、と期待を込めた輝いた目で壁時計を見上げては、そう何分も経っていない時間に残念そうに、憂いているように目を伏せる。本人はまるで気づいていないだろうが、その一挙手一投足がいちいち目を引く。些細なことですら心に留まるような、譲はそんな女の子なのだ。クラスメイトのちくちくした視線が背中に刺さる。言外に何があったのか聞け、と言われている気がする。あまりすすんで聞きたくはないが、その凄まじい圧力に耐えかねて渋々口を開く。どうにも譲の友人というポジションは、個人的には喜ばしい限りなのだけれど、こういうところで損な役回りな気がした。


「……譲、嬉しそうだね。何かあった?」
「あ、りっちゃんごめんね。今日お昼一緒に食べられないの」


 申し訳ないとは思っているのだろうけれど緩んだ口元は隠しきれない。優しそうに和んだ目許も、弾んだ声も。胸の前で合わせられた両手の華奢さや色の白さ、その奥のふくらみの柔らかそうなこと。同性である自分ですらたまに見とれることがある。まさに今がそうだ。数拍遅れて、はあ、と曖昧な返事のような溜め息のようなものを漏らすと、譲は品よくそろえたしなやかな指を頬に添え、これ以上の幸せはないとばかりの極上の笑顔で告げた。



「やすくんがね、お昼一緒に食べないかって誘ってくれたの」



 音声さえ耳に入ってこなければ美少女そのものだというのに。やはりこれも美人ならイケメンなら許されてしまうのだろうか、世の中とはかくも現金だ。わたしの友人、荒北譲は周囲に知られてはいないが、ひどいブラコンなのである。ひとたび弟が絡むとなるとこうだ。顔は可愛いのに残念なほどこじらせている。今日はふわふわと綿菓子のように甘い笑みを浮かべて、落ち着きなく時計と携帯画面とにらめっこ。この間は部活の応援に行って頑張っている姿を見てきたのだと、普段の大人しさからは想像もつかないほど熱を込めて話してくれた。事情の知らない者なら多少せわしないしよく分からないけれど眼福の一言で済むのだろうが、知っている身としては微妙にフクザツな気分。可愛らしいのは言うまでもないが妙に解せない。顔がいいというのは下世話だが世では生きやすいのだとよく分かる。それは一度置いておく。わたしが真に解せないのは譲の容姿の整い具合ではなく、ひどくご執心の譲の弟にあった。


 やすくんこと荒北靖友といえば、この箱根学園で知らない者などいないだろう有名人だ。今となっては元であるが、それでも有名なことに変わりはない。わたしたちの一つ下の学年に入ったヤンキー、入学当初は特にやんちゃのレベルを超えたことをしていた男だ。譲と苗字が同じだからほんの少し気になってはいたけれど、目に入れても痛くないほど可愛い譲と、あの粗暴で素行が悪くてとてもじゃないけど美形の部類ではないヤンキーが、血を分けた姉弟なんて考えつきもしないだろう。桜の咲き誇る春のあたり妙に沈んでいた譲は、少ししてから突然これまでの友人付き合いで見せたこともないほど上機嫌に笑っていた。泣き腫らしたような目許の赤さが気にかかっていたが、聞くところによると「弟とね、仲直りをしたの」と女神もかくやとばかりに微笑まれたので、そうかならよかったと頷いて流してしまったのである。譲の実の弟があのヤンキーだと知っていたら、そこで何事もなく機嫌のいい譲を嬉しく思いながら世間話に興じることもなかったというのに! もし知っていたなら幸せそうに笑う譲に質問責めをしていたことだろう。本当に血のつながりはあるのか、なにかの間違いではないのか、四月馬鹿はもう随分と前に過ぎたけれど嘘をつく日を間違えていないか、と。


 相も変わらずフクザツな気分は継続中だが、こればっかりは嘆いたってどうしようもないことだ。分かってはいる、理解したくないだけで。有り体に言ってしまえばわたしは友人として譲の実の弟、荒北靖友に嫉妬しているのである。仲直りしたという日からわたしは譲から延々と弟の自慢話というかのろけというか、そういった類の話を聞かされっぱなしなのだ。それにうんざりしているのも少し、残り大部分はわたしの譲を奪いやがってちくしょう荒北靖友め、という気持ちが大きい。はあ、と今度こそ明確な意志を持って溜め息をこぼすと譲は心配そうに首を傾げる。その寄せられた眉根は素直に嬉しいけれど、譲のそういう表情よりはやはり笑顔のほうが見ていたくて。安心させるために大丈夫、と返す声と昼休みを告げるチャイムが同時に響いた。その無情な音に、今か今かと待ち構えていた譲の肩がぴくりと跳ねる。けれど譲は優しいからわたしを気遣ってしばし足を止める、……はずだったのに。



「姉チャァン、食堂行くヨ」
「やすくん迎えに来てくれたの? ありがとう、ごめんねちょっと待っててね」




 自習だから、終礼の挨拶なんてないけど。ないけど!
 早く着きすぎだろ、わざわざ教室まで迎えに来てんじゃねーよこのシスコン野郎!




 結構な勢いで開かれた教室のスライドドアと、そこから顔を覗かせた憎らしい顔を睨みつける。心中でいくら罵倒を重ねようと譲の前でそんな汚い言葉を、目に入れても痛くないほど可愛がっている似ても似つかない実の弟に向けて吐き出すことなんて出来ない。悔しさに歯噛みして睨む目つきがさらに鋭くなるが、こちらに気づかれる前に素知らぬ顔で視線を逸らした。


 ぱたぱたと忙しなく教卓にプリントを二枚提出して、バッグから丁寧に包まれたお弁当を取り出す。譲は寮生にしては珍しくお弁当派だ。以前おかず交換したことがあるが大変おいしかった……ちがう話が逸れた。迷走気味の思考回路から慌てて顔を上げれば、両手を合わせて謝りながらもやはり幸せそうにわらう友人がいて、思わず癒されたわたしはきっと悪くない。



「じゃあ、ごめんねりっちゃん、行ってきます」



 教室のドア付近でクラスメイトの男にやけに睨みを利かせながら、忠犬のように譲を待っている元ヤン荒北靖友、譲の弟。並んでみても詐欺だと思わざるを得ない。美女と野獣もいいとこだ。ほんとうに、なんで、あのふたりが血のつながりのある姉弟なんだ! 机に頭でも打ちつけたいところだが奇人変人のレッテルを貼られるのはごめんであるし、そんなことしても額が痛いだけで事実は変えられそうにない。はあ、漏らした溜め息に眉根を寄せてくれるわたしの大好きな女の子は、彼女の最愛の弟に取られてしまった。そう考えるとやけにむなしくなってしまって、猫背で譲の隣を歩く男を再びきつく睨みつけた。わたしの友だちを平然と奪っていくんじゃない荒北靖友、口のなかだけで唱えた文句は当然ながら本人の耳に届くはずもない。まあでも、譲が幸せそうだからいいかと思うのも確かなので、腹立ちもするが許してしまうところもかすかにだけれどあったりする。……てめーのことは許してないから勘違いすんじゃねーぞ荒北靖友。



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お昼ごはん前哨戦、友人の嫉妬劇。友人の目には分厚いフィルターがかかってる。
弟北も相当だけど、姉もブラコンこじらせてる。友人もこじらせてる。

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