真昼の大きなこどもを撫でつけた



 ふわあ、とあくびをしつつあと二週間もすれば入部が決定しているだろうバレー部の面々を眺める。朝早くに部屋に侵入され「譲も挨拶がてら見に来いよ!」などと何の説明にもなっていないことを言われ、反論したらしたで面倒になるからと着いてきたのは確かにわたしだ。けれど、勝手にひとの貴重な春休みの一日を消費させておいて清々しいまでの放置はなかなか腹が立つ。怒っても通じはしないし不思議そうな顔をされるだけだと分かっているからわざわざ口に出しては言わないが、重たい溜め息は呑み込めなかった。


 たまに練習に付き合ったりしていただけのバレー初心者のわたしでさえ、この梟谷男子バレー部が強豪であるのがわかる。あと面倒でわがままな幼なじみの光ちゃんこと木兎光太郎をうまくサポートしているというのも。選手もマネージャーもみんないいひとそうで安心した、というのはマネージャー候補で現見学者の立場からすれば少々場違いな感想かもしれないが、素直にそう思った。プレーとしても部としても連携は悪くなく、午前の練習も滞りなく終わってついに昼休憩に入るかと思ったときに、事は起きた。








「譲ー!!!」


 ぼうっとコート全体を眺めていたときに突然大声で名前を呼ばれて大げさに肩が跳ねた。体育館中の視線が自分に集まるのを肌で感じる。妙に居心地が悪いけれどこのひとたちは何も悪くない。慌てて声の方向を見れば何でかむくれている光ちゃんがいて、体育館の隅に座って見学していたわたしに物凄い勢いで駆け寄ってきた。ぷくりと膨れた頬は見慣れたそれで、まさかと頬が引きつるのがわかる。持ち上げた首も突き刺さる視線も痛かったけれど、その何より今この場で求められていることを実行するほうが、痛い。けれどわたしが受け入れないとなると午後の練習をまともにやりきれるのか知れないし、主に部員のみなさんに迷惑がかかる。常々面倒な幼なじみを支え、まだ入学前で今日が初対面にもかかわらずわたしの見学を快く許可してくれた優しいひとたちの迷惑になってしまう。


 眉間に深くしわが寄るのがわかる。隠す気もないこれ見よがしの盛大な溜め息をひとつ。まだかまだかと待てをしている大型犬のような光ちゃんの手を借りて立ち上がる。少し首は楽になったけれど30センチ以上ある差はやはり大きく、遠い。身長に見合ったがっしりと筋肉のついた身体に遮られて、もう視線は感じないし気にしてられない。ゆっくりと腕を広げていつもよりも少し元気のない瞳を見据える。――きゅうっと細くなる瞳の鋭さが時折こわくなることを、きっとこのひとは知らない。


「ん、」「おいで、光ちゃん」



 言い終わるより早く身体に感じる衝撃、腰にたくましい腕が巻きつく。ハグなんて可愛らしい言葉で表せない、その巨体でまっすぐわたしのもとへ突進してくるさまはタックルに近い。当然支えきれるわけもなく後ろに倒れ込みそうになるのを支えるのも抱きついている光ちゃんだ。先ほどまで動き回っていたせいだろう服越しでも感じる高い体温と汗のにおい、慣れてしまったのは花の乙女としていかがなものかと思わなくもないけれどいまさらだ。それに、らしくない姿も預けられる身体のあたたかさもぎらつく瞳も、面倒に変わりはないがわりと嫌いじゃない。それを伝える気はさらさらないけれど。


 詳細は知ったところじゃないが、たぶん打ち分けミスの連発ってところだろうか。耳元で名前を叫ぶのはやめてほしいなあ、と思いながら大きな声で、あれが出来ないさっきああだったミスした、と悔しさをこぼす声に相づちを打っていく。うんうんと頷きながら汗でしっとりと濡れた頭を撫でる。見た目よりもくしゃりと柔らかな髪に触れるのは、つま先立ちがつらいけれど結構好きだ。



「あのね光ちゃん、わたしバレーのことはまだよく分からないけどね、光ちゃんの力強いスパイク、見てるの楽しいよ」
「本当か!?」


 耳元で響く大きな声、本当だよとまた頭を撫でれば頭の上で子供みたいな眩しい限りの笑顔を浮かべる。太陽みたいなひとだと思う、いろんな意味で。無邪気に笑ったり、いつでも全力で突っ走ったり、たまに無自覚で怖い瞳をしたり。長年そばにいるのに光ちゃんは単純なようで、その実掴めない。


「いま光ちゃんはストレートの練習してるんだよね。でも出来なくてこうなってるんだよね」


 う、と言葉に詰まって目を逸らす。さっきの得意気な顔はもうどこかへ行っていてころころと変わる表情が少し面白い。ここで笑ってしまえばさらに機嫌を損ねるのは目に見えているので、ほんの少しだけ口元を緩めるだけに留めた。




「出来ないのは格好の悪いことじゃないよ。初めから上手に出来るひとなんていない。だから練習するんでしょう?」

「分かったような口利いてごめんね。でも、わたしは頑張っている光ちゃんが好きだよ」……ね、午後からの練習もがんばろ?





 自分でもわざとらしいというか、あざといというか、狙ってやっているのがバレバレでさすがに人前でこれをやるのは恥ずかしい。けれどいまは光ちゃんの広い背中に遮られて、なにも気にならない。高い背をみっともなく丸めて身体を預ける仕方のない末っ子を、優しくなだめすかして背中を押すのは幼い頃からわたしの仕事だ。



「……譲、オレのこと見ててくれる?」
「たまによそ見はするけど、見てるよ。だって光ちゃん一番目立つから。さっきのミスする前のスパイク、すごく格好良かった」

「……午後からも、がんばる、から、」
「うん、ちゃんと光ちゃん見てるからね」




 よしよし、とそろそろつま先立ちがつらくなってきたけれど少しだけ無理をして背伸びをする。もう一度ぎゅうっとわたしを強く強く抱きしめてから光ちゃんは身体を離した。もう先ほどの落ち込んだ表情はどこにもない。いつもみたいに元気でバレー馬鹿で一直線の、わたしの大好きな顔をしていた。


「譲、ありがと!」
「いいよ、光ちゃんだもん」



 そう言うと嬉しそうにへらりと顔を緩める。だらしないその顔も結構好きだったりする。光ちゃんが離れると途端にちくちくとした何かが肌を刺す。見回さなくとも体育館中の視線がわたしたちに集中していて落ち着かない。逃れるように光ちゃんの背中に隠れると、光ちゃんは気にした風もなく「練習しよーぜ!」と晴れやかに笑った。


「おまえが騒いでるうちにもう昼休憩だバカ」


 首にかけたタオルで汗を拭っていたはちみつ色の柔らかそうな髪の、えっと木葉先輩、がそう言うと光ちゃんは分かりやすいほどに肩を落とした。そして黒髪でセッターの赤葦先輩に絡みに行ったかと思ったらまた撃沈していた。その間にもわたしに視線が突き刺さって居たたまれなくて、ごまかすように曖昧な笑みを浮かべておいた。














「いつもあんな感じなんですか」


 あまり抑揚のない、けれどどこか呆れを含んだ声と隣に感じる高めの体温。視線はわたしのほうを向かないまま、休憩時間だというのにブロック飛んでくれと騒いでいるふたつ年上の幼なじみを見ていた。練習中にあれだけぴょんぴょん飛んでは跳ねてを繰り返しているのにまだ元気があるなんて信じられない、休憩時間くらいちゃんと身体を休めればいいのに。溜め息混じりに呟けば小声でごもっともです、と返ってきた。さすがの副主将、光ちゃんの扱いが手慣れている。出会ってから一年足らずだというのに、物心つくより前からの付き合いのわたしよりも手綱さばきがうまいように感じる。


「光ちゃんは昔からあんなんですよ、元気の塊。それは赤葦先輩のほうがよく知ってるんじゃないですか?」


 よくトス上げてくれとしつこくねだられてはきちんと練習に付き合ってあげているのを光ちゃんの話しづてに知っているし、練習の様子を見ていれば連携の良さがよくわかる。赤葦先輩は優しくて面倒見がいい。たまにではなく幼なじみのほうが年下に見えるから不思議だ、本当にわたしのひとつ上とは思えないほど落ち着いているし大人だし冷静なひとだ。特に前者は比べる相手が間違っているがいまさら気にしない。


「いや、そうじゃなくて。譲さんと木兎さん、いつもあんな感じなんですか」


 赤葦先輩の指すあんな感じ、に思い当たる節がなくて首を傾げると赤葦先輩は言いづらそうにしょぼくれモードのとき、とひそめた声で言った。あー、と返事ともつかない声を上げればばつが悪いのか少し顔をゆがめられた。眉間に寄せられるしわの深さに申し訳ないことをした気分になる。


「そう、ですね。しょぼくれモードのときは光ちゃんもわたしもあんな感じ、です」
「譲さんが来る前の木兎さん、すごくうるさかったんですよ。体育座りで譲さんのこと連呼して、親鳥を呼ぶ雛みたいで。……まあ来てもうるさかったんですけど」


 はあぁ、と吐き出される溜め息の長さと重さに長年の苦労を垣間見た気がして自然と視線が落ちていく。ただでさえ面倒くさい光ちゃんの拗ね方は本当にもうすぐ高校最高学年かと疑いたくなるほど幼く、そして周囲を巻き込んで大変鬱陶しい。わたしがいるときはいつもああいう風に対処していたが、いないときはどうしていたのだろう。たぶんその節でも多大なる苦労をおかけしたんだろう。そう思うと自然と身体が縮こまり体育座りをして小さくまとまった。


「すみません、うちの光ちゃんがご迷惑をおかけして。もう少し年相応の落ち着きを覚えてほしいんですけど……まあ無理、ですよねぇ」
「ふたつも年下の女の子に断言されてしまって、それに納得してしまう事実がむなしいです」


 またひとつ赤葦先輩の幸せが逃げていってしまって、さらに申し訳なくなる。身内の恥、とも少し違うけれど、年上の幼なじみが他人様を巻き込んでいるかと思うと止められなくてすみません、と謝りたくなる。こういうときに埋められない二歳差がもどかしい。光ちゃんと同い年だったらいいのに、と考えた回数はきっと数え切れない。自然と眉間にしわが寄る、うつむきたくなるのを押さえて隣の赤葦先輩を見上げた。




「ッ、譲、さん?」
「ごっ、ごめんなさい! ……いや、でしたか?」


 そうっと手を伸ばして、隣り合って座ってるから容易に届いた黒髪をことさら優しく撫でる。汗を含んでしっとりした猫っ毛は光ちゃんよりも柔らかい。少し眠たげな瞳が大きく見開かれていて、口も少しだけ空いている。なんというか、光ちゃんと並んでいると特に落ち着いていて隙がないイメージがあった赤葦先輩が初めて年相応に見えた。


「や、単に驚いただけです」
「わたし、男のひとというかひとの慰め方、これとさっきのしか思い浮かばなくて……今まで光ちゃんにしかしたことなかったので」


 そう言うと妙に納得した顔をする赤葦先輩に少しだけ笑ってしまった。幸いのことに本当に驚いただけのようで、赤葦先輩は髪を梳く手のひらを拒まなかった。いつもより柔らかい髪の感触が楽しくてそのまま何度も頭を撫でる。小さくくすぐったいです、とこぼす赤葦先輩にもう一度いやですか、と首を傾げつつ問いかける。横に振られるかと思った首は動かず、かわりに具合悪そうに逸らされた視線。その行方が気になって追ってみると髪の隙間から覗く赤く色づいた耳に気づく。なんだか反応が新鮮で、かわいい。年上の男のひとなのに光ちゃんとは全然ちがう。




「いつも、お疲れさまです赤葦先輩」



 ふにゃりと緩んでしまう口元、右手は変わらず赤葦先輩の髪を撫でたまま。日頃の苦労をいたわるように、幼い子どもにするようによしよしと撫で続ける。赤葦先輩やっぱりかわいいなあ、と思わず目を細めているとぽすりと頭に柔らかな重み。やわやわとぎこちなく動かされて目を瞬かせる。



「譲さんも、いつもお疲れさまです」




 目線を上げると想像よりも骨ばっていてごつごつしている手首、筋肉のついた腕が伸びていて、これが正確なトスを上げる腕かとぼんやり考えた。いい子いい子、と赤葦先輩が変わらぬトーンで呟いて慣れていないふうに優しく髪を梳かす。それが甘やかされているみたいで、妙に落ち着かない。



「これは……なんというか、なんか、照れますね」
「……でしょう?」
「光ちゃんもよく頭を撫でてくれるんですけど、すぐ髪の毛ぐしゃぐしゃってしちゃうんです」
「木兎さん力加減下手そうですもんね」
「元気が有り余ってますからね。……赤葦先輩の、優しくって、きもちいー、です」




 慣れていない手つきながらも丁寧に触れられると気持ちがいい。光ちゃんの遠慮も何もない撫で方も嫌いではないのだがちょっと痛いし絡まりやすい髪を乱されるのは面倒くさいのだ。ごろごろ喉を鳴らす猫のように目を閉じて言うと、途端に赤葦先輩の手が止まる。どうかしたのかと首を傾げて先輩の顔を覗き見るとかすかに眉根を寄せていて、先ほどとは違う険しい表情に少しだけ驚いた。



「譲さん、さっきみたいなこと、よそで言っちゃだめですからね。言うならオレか木兎さんにしてください」
「え、わたしなにか変なこと言い、」
「返事」
「はっ、はい!」
「……いい子ですね」



 また優しく撫でられるのが再開されて、それは大変気持ちいいのだけれど、さっきみたいなこととはいったい何を指していたんだろう。反射的に返事をしたのはまずかっただろうか。赤葦先輩、お母さんとか学校の先生みたいなことを言うな、と思ったのは内緒だ。赤葦先輩の撫で方は上手だけど、ちょっと眠たくなる。とろりと瞼が重たくなるのを感じる。目を細めて優しい手に甘やかされていると、突然とうに聞き慣れたひとの、声にならない悲鳴が鋭く響いた。その声量に思わず眉をひそめる。




「譲! 赤葦ィ!!」

「光ちゃんうるさい」「木兎さん近所迷惑です」
「ふたりしてひでえ! ……じゃなくって!」


 太陽改め嵐のようだ。わたしたちの目の前まで走ってきたと思ったら目線を合わせるようにしゃがみこむ。見上げるのは首がつらいからありがたい、がそれとこれとは話は別だ。すごくうるさい。わあわあ叫ぶ光ちゃんに冷静に対応する赤葦先輩がすごい、手慣れている。未だわたしの頭を撫でたまま「木兎さんちゃんとご飯食べたんですか」と平坦な口調で聞いている。



「もう食べた! でも足りねえし譲にご飯持ってこさせるの忘れたから一緒にコンビニ……ってそうじゃねえ! 赤葦それオレの特権!!」



 だからだめ! 赤葦ずるい! と年上らしからぬ駄々っ子っぷりを見せる光ちゃんに、それって何だ、と赤葦先輩と一緒に首を傾げる。長年幼なじみをやってるけれどやっぱり光ちゃんはよく分からない。

 そういえば朝から何も食べていないからお腹が空いた。この場合もちろん光ちゃんのおごりなんだろう。起き抜けそこそこの状態で身ひとつで引っ張られてきて、ここまで付き合わせているのだから当然である。空いた左手で普段よりもぺこりとへこんでいる気がするお腹を撫でる。



「何ですか突然」
「光ちゃん、それってなに?」
「譲の頭を撫でるのは、オレの特権! っつーか譲、オレがやるときそんな顔しないしすぐ離れるくせに何で赤葦だといいんだよ?! 赤葦ばっかりずりぃ!」


 うわ、ちょう面倒くさい。深く眉間にしわが寄るのがわかる。隣で重たい溜め息が吐き出されたのが聞こえてくる。光ちゃんのそれに答えずにコンビニに行ったらだめかな、それでさらに拗ねたらなおのこと面倒くさいな。隣の赤葦先輩がどうします、と言うように首を傾げる。それに静かに首を横に振って応える。



「光ちゃん容赦ないから痛いんだもん、やだ。赤葦先輩は優しくて気持ちいいの」
「そんなことないダロ?! ほら譲おいで!」


 必死の形相でこっちおいで、と腕を広げる光ちゃん。せっかく柔らかく撫でられていい気持ちになっていたのに、わざわざ乱されるのも痛いのも嫌だ。悪気はないことを知っているけれど、それとこれとは話が別だ。やだ、と首を振って明確な拒否を示す。はっきり言わないと自分から手を伸ばしてくるのは学習済みだ。それと同時に赤葦先輩にもっと撫でてくれとねだるように大きな手のひらに頭をすり寄せる。



「ほら木兎さん、いつまでもアホなこと言ってないで」
「アホじゃねーし! オレにとっては大事なことだし!」
「それより、譲さんとコンビニに行くんでしょう。オレも行きます」


 またあとでね、と宥めるように優しく二度ぽんぽんされて、ほら譲さん立って、と促される。赤葦先輩の言葉に素早く立ち上がった光ちゃんに手を引っ張られて、半ば持ち上げられるようにして立つ。勢いのわりにきちんと手加減がされていて痛くはなかった。こういうところの気遣いは出来るのになあ、と思うのはわたしだけだろうか。


「赤葦先輩、自分のお弁当はないんですか? まだ食べてない、ですよね」
「ありますけど。どうせそれだけじゃ足りないんで」


 右側に赤葦先輩が並んで、左側を光ちゃんが陣取る。背の高いふたりに挟まれる女子の平均身長にも届かないわたし。あ、これ見たことある、連れ去られる宇宙人だ。威圧感はそこまで感じないが圧迫感は多少ある。座っているときはあまり気にならなかったけれど、やっぱり赤葦先輩も背が高いなあと思う。見上げた首が少しつらい。


「こうやって改めて見ると、譲さんちっちゃいですね」
「ふたりが無駄にでかいだけかと」


 ぽすり、と高いところから落とされる手のひら、今度は撫でるのではなく純粋に高さを確かめるためなのだろうそれ。光ちゃんがまた騒ぎ立てる前に離れた体温が少し名残惜しい気がした。触れた熱を留めるように自分の手のひらで触れてみても、大きさもあたたかさもなくて物足りなさを覚えるだけだった。


「光ちゃん、わたしお財布持ってきてな……光ちゃん?」


 先ほどよりも優しく抱き寄せられて、突然のそれにぱちりと目を瞬かせる。痛くはないけれどびっくりした。腕のなかから光ちゃんを見上げると、バレーをしているときのような鋭い瞳をしていて目を瞬かせる。獲物を狙う猛禽類のような、怖いそれ。どうしたの、と問いかける前に右手があたたかな何かに包まれる。たどらなくても誰のものかわかる、優しくて大きな赤葦先輩の手だ。




「……やらねーかんな、」
「いいですよ、別に。勝手に奪い取るんで」




 いやに真剣な顔をして短く言葉を交わすふたりに首を傾げる。何の話をしているのだろうか。そして抱き寄せて手を取る意味はどこにあるのだろうか、ちょっとあついから離れてほしいなあ。そんなことを考えていると右手にぎゅうっと力が入れられる。つられるようにして見上げると心なしかムスッとしている赤葦先輩。瞳が光ちゃんのそれと似ていて少しだけ、こわい。



「……えっと、これ、コンビニで買ってくるお昼ご飯の話、ですよね?」


 本気で何の話をしてるか分からなくて、話の前後から必死に考えた結果なのだけれど、どうやら赤葦先輩のお気には召さなかったようだ。かすかに寄せられる眉根に呆れたような溜め息。……もしかしなくてもちょっと、不機嫌そうな顔だ。



「……鈍感」
「譲は素が手強いからな! そう簡単には行かねーぜ!」
「なんで木兎さんが誇らしげなんですか」


 体勢的には渦中もいいところなのだが会話だけは蚊帳の外だ、見事に置いてけぼりを食らっている。困ったなぁ、と思わず眉を垂らす。扱いなれている光ちゃんだけならばなんとか宥めることも試みようと思えたのだが、赤葦先輩までそれに乗っかってこられるとどうしていいか分からない。藁にも縋るような思いで周囲に視線をやってもマネージャーさんふたりの面白がるようなそれと、小柄な小見?さんや短髪の尾長?さんから同情にも似た視線を感じるばかりだった。遠巻きから眺めていないで救いの手がほしい、ちなみに木葉先輩にも助けを求めてみたがガンバレーと適当な応援とひらひら手を振られて終わった。……いや、助けてくださいよ。


 幼なじみひとりでもわたしの手に余るほどだというのに、年上の面倒をもうひとり追加など手綱を握るどころか手が回るわけがない。はあ、吐き出した溜め息は、ぎゃあぎゃあとひとの頭上で大人げなく騒いでいる幼なじみと先輩にはどうにも届きそうにない。いまからこんな調子で四月からの入学と本入部後が大丈夫だろうか、ちょっと心配だ。面倒に変わりはないけれど、まあ退屈なよりは幾分ましなんだろう。もう一度深々と溜め息をついて、どうしようもない幼なじみと意外と子供っぽい先輩の言い争いをいい加減にしてください、と両断した。間抜けに口をぽかんと開けて、呆気にとられたような顔をするふたりにあからさまな溜め息をついてみせて、苦労が増えそうだなあと呟いた。




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世話焼きさんが好きなんです、オカン組らぶ。しかし無気力組も愛してる。
自分で書いておいてアレですが赤葦くんはこんなにちょろくないと思う。
個人的趣味なんですが、幼なじみや部活の仲間を「うちよそ」感覚で呼び合うのが好きです。

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