いっしょう愛してください
「白崎」
高校生男子にしては低い声で名前を呼ばれるのが好きだ。耳に心地のいい低音はいつまでだって聞いていたくなる。短い黒髪もストイックな姿勢も、たったひとつ上とは思えない落ち着きも、好きだ。
「どうぞ」
金城先輩好みの、普通よりも薄めに作ったスポーツドリンク。冷たいボトルを差し出せばアイウェアの奥の少し緑がかった色素の瞳が優しく細められる。アイウェアのときのほうが真剣な目をしていることが多いけれど、眼鏡のときも好き。ずっとわたしを映してほしい、なんてわがままなことを考えさせる。
「いつもすまないな」
「いいえ、わたしも好きでやってますから」
声が震えていないといいな、と思う。何気ない言葉に混ぜた「好き」にどれだけわたしの鼓動が速まっているのか、緊張で指先が心もとないのか、金城先輩はきっと知らない。
金城先輩の朝練よりも少し遅く、部の通常の朝練よりもだいぶ早くわたしが登校する理由だって金城先輩は知らない。知ってほしいけれど、知らなくたっていいとも思う。わたしと出会う前からロードレーサーに夢中な先輩に、わたしの割り込む隙間なんてないのだ。せめて少しでもそばにいたいなんてよこしまな気持ちを先輩はよくは思わないだろうから。
「白崎の働きでオレも、部も助かっている」
ぽん、と優しく頭に乗せられる大きな手のひら。撫でるでもなく二度リズムよく触れられたと思ったら離れていく少し高めの体温。汗の伝う顎先から視線を上げると、ふっと頬をゆるめて微笑んでいる金城先輩の顔。
……無自覚なんだろうけど、結構残酷なことするよなあ。
このひとにとってのわたしは所詮可愛がっている後輩のひとりでしかない。そんなことは痛いくらい分かっている。分かっているけれどむなしくなるし泣きたくだってなる。早々に諦めてしまったほうが楽だなんて、わたしが一番分かってる、のに。
……どうしたって好きだと思ってしまうから、本当にどうしようもない。行き場のない恋心を抱えていたって仕方ない。苦しいのは他でもないわたしなのに。噛んだ唇も爪を立てた手のひらも痛みを感じたけれど、何よりも胸が痛くてたまらなかった。
「……白崎? どうした、調子でも悪いのか、」
「い、いえ」
喉がからからで舌がもつれる。黙り込んだわたしを覗き込む緑色の、ずるい瞳。手嶋や青八木が田所先輩に抱く純粋な憧れや尊敬だったら、きっとこんなふうにはならなかったんだろうな。わたしにはあなたを夢中になんてできない、真正面から好きと伝える勇気も、玉砕する覚悟もない。
「マネージャーとして、部に貢献できたなら、わたしも嬉しい、です」
いっしょう、後輩として愛してください。
――諦めの悪い恋心の、最期の悲鳴が聞こえた気がした。
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金城さんに片想い。不毛だと思う。
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