なぁ、お前は俺に出会うたこと、後悔しとらんのかな。
俺は…俺はな。後悔なん、しとらんよ。これからも、後悔なんせんよ。
この先、どんな結末が待っとったとしても。
絶対に、お前に出会うたことだけは、



悔やんだり、せんよ。





15 Desire





「…謙也、どないしたんや。うちに来るなん、珍しやんか」


小石川から「忍足を怒鳴りつけてしもた」とメールが来た直後、渦中の人…謙也が家に現れた。
俺が謙也の部屋に行かんようになって、もう随分経つ。やけどそれ以上に、謙也がこの家に来んようになってからは、時間が経っとる。


謙也は光の事故があってからこっち、一度もこの家に近付こうとせんかったから。


何かあっても俺を自分の家か、あの部屋を与えられてからはあの部屋へと呼ぶだけで。自分がこの家に…光の影がある場所に近付こうとは、せんかったから。
オサムちゃんの所に行くんかて、俺と一緒の時だけやったし。俺から声掛けんと、絶対に行かんかった。


そんな謙也が今、俺の家に居る。すっかり俯いてしもて、何をしに来たんかもわからへんけど。やけど俺の家に…光の影がある場所に、居る。

それが何を意味しとるんか、分らんほど俺かて馬鹿やない。


「…この部屋入るんも、久しぶりやな」


通したんは、今は俺の部屋。やけど光が居った頃は二人で使うとった部屋。
いつ光が戻って来てもえぇようにて、二人で使うとった二段ベッドとか並べられた学習机なんかは、そのまんまにされとる。机の上に置かれた教科書や参考書も、あの頃のまんまや。
そんな光の影を感じさせるもんを眺めても、謙也の態度は変わらんで。ずっと俯いたまんま、口を開こうとせん。自分が腰を下ろしとるクッションかて、光が使うとったモンやって、気付いとらんのやろ。前にこの部屋に来た時は確か、謙也が描いた漫画が新人賞だかをとった時や。目を輝かせて嬉しそうに賞状や何かを、俺たちに見せてくれた。その時ととても同一人物とは思えんような目を、今の謙也はしとる。その理由は、大体見当がついとった。



「…千歳と、何やあったんか?」



その原因やと思われる人物の名前を出すと、ぴくりともしなかった謙也が、初めて反応を見せた。

ゆっくりと上げられた顔には、救いを求めるように揺れる瞳。何かを言おう思うとるんか、何度か口は開かれる。やけどそれは声を発することなく、空気が出入りする音ばかりを、吐き出しとる。



「……謙也は千歳のことが、好きなんやろ?俺や光よりもずっと、好きなんやろ?」



何でやろ。そないな謙也を見とったら、自然と言葉が出た。

それはあの日、光に対して謙也への想いを告白した時と同じくらい、自然に、そして素直な言葉やった。


それを肯定も否定もせんと、謙也はただ俺の方へと瞳を、向けとる。そこに映っとるんは俺であっても、謙也が見とるんは、俺やない。直感やった。



「何年自分と一緒に居ると思うてん。俺が謙也の考えとること、分らんなんてこと、あるわけないやろ…まぁ、反対は分らんけどな」



そう、ずっと謙也のことを、俺は見て来た。やから謙也のどないな顔も、知っとるつもりやった。俺が一番謙也のことを想うて、謙也のことを考えとる、つもりやった。

やけどそれは、間違いやったんや。俺は結局、謙也のことを自分の中で勝手に理想化しとって。勝手に自分が謙也の一番の理解者やって顔を、しとっただけや。



―――ホンマに白石が欲しいんは、忍足なんか?それとも弟さんに対する罪を共有できる、共犯者なんか?



小石川に言われた言葉を、思い出す。小石川はあの日、俺がずっと隠しとったことを言うた後、俺は悪うないと、散々慰めてくれたあとで、そう言うた。
彼が拭ってくれたお陰で、何年かぶりに流した涙はもう、溢れ出ることはなかったけど。その言葉は俺にとって、痛みを植え付ける以外の何モンでもなかった。


やけどな、それを言われて、気付いてしもうてん。俺がホンマに欲しいモンは何か、気付いてしもうたんや。



俺は確かに、謙也が好きやった。今でもきっと、謙也が好きや。

やけどその気持ちは、幼い頃から抱いとった純粋なモンやない。ただ謙也を好きやから一緒にいたい思うとった頃のもんやない。

今はただ、謙也と一緒に居ることで、自分の罪を軽くしようとしとるだけや。謙也のこと理解しとるつもりになって、謙也のこと助けとるつもりになって。


結局自分が、楽になりたいだけや。


小石川に迷惑掛けるわかっとって罪を告白したんと、同じや。結局俺は、誰かの為や言うて、ずっと自分を可愛がっとっただけ。それだけや。


それに気付けた俺は、少しは変われたんやろか。光に対してつまらん嫉妬して、謙也のこと分かった気になって、千歳に対しても牽制なんしてもうて…あぁ、せや、あの時千歳に言われたんは、こういう意味やったんか。あいつと言葉を交わしたんはあの一度だけやけど、千歳にはこうなることが、分かっとったんやろか。俺の気持ちが…俺が謙也を好きやっちゅー気持ちが、それだけで構成されてへんことも。俺が、俺自身が楽になりたいがために、謙也のことを縛りつけとったってことを。




「…ずっと好きやってん、謙也のことが…やけど謙也のこと邪魔たなくて…せやから俺、ずっと黙っててんで?」



そう、謙也の邪魔なん、したなかったはずや。俺は謙也が喜んでくれればそれでえぇって、思うとったはずや。
それが変わってしまったんは、一体いつから?謙也のためやのうて、自分がこの関係を壊したないからて、自分の気持ちを黙るようになってしまったんは、一体いつから?


俺の告白にも、謙也は大して表情を変えん。そんなことどうでもえぇと言われとる気がした。
それで、えぇのかもしれん。謙也はもう、俺のことを…俺たち兄弟のことを、考えんでもえぇのかもしれん。



―――…ほなこつ謙也のこつ好いとるなら。謙也の傍から、離れっとね…それが、謙也にとって一番、幸せなこつばい…それと多分、お前さんにとっても。



千歳の声が、あの日からずっと消えんで俺の頭の中をぐるぐる回っとる声が、響く。


あぁ、せやんな。せやんな。その通りや。やっとお前が言いたかったことの意味が、わかったわ。











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