白石の話を整理すると、こうや。



物心つく前から、白石と年子の弟と、それから近所に住んでいた忍足の三人は、何をするにも一緒やった。そのまま一緒に過ごしていくもんやと、思うとったそうや。
せやけど、中学に上がった頃白石は気づいてしもうた。自分が忍足に向けとる感情が、弟や他の人間に向けとるモンとは違うことを。それと同時に、思うてしもうたそうや。

忍足は自分よりも、弟の方が好きなんやないかって。忍足は弟のことを、自分が忍足に向けとるんと同じ意味で、好きなんやないかって。

それからは、気が気でなかったらしい。忍足が弟にせがまれて漫画を描き始めた時も、弟が忍足をイメージした曲を書いた時も、白石がおらん間に二人だけで出掛けた時も。ずっとずっと、二人の仲を疑うとったらしい。弟がおらんかったらと、思うようになってしもうたらしい。

それが、形に出てしもうたんが、中三の夏。

白石のテニスの試合の後、三人で出掛ける約束をしとったそうや。
白石は、わざと弟に嘘の場所を教えた。現地集合や言うて、別々に家を出た。いつまで経っても現れん弟に、忍足は怪訝な顔をしとったそうやけど、用事が出来たんやろと言えば疑いもせずに、白石と共に歩き出した。そのまま、白石にとっては楽しい時間が流れた。忍足と二人で笑い合うて、二人並んで歩いて、そんな楽しい時間が。

そんな中、街中で自分たちを探していたであろう弟に遭遇して。白石たちに気付いた弟は信号のない道路を渡ろうと走り出した。白石は弟に気付かんフリをして、忍足の手を引いて走り出した。


その直後、背後で耳を割くようなブレーキ音と、悲鳴が聞こえたそうやが。二人は興味を示さずに、そのまま走り去ってしもうたそうや。それが、弟が車にはねられた音やとは、思わずに。


その日、家に帰った白石を待っとったんは弟が事故に遭うたという事実。そして数日後にもたらされた知らせは、医者の診断ミスで治療が遅れ、弟が記憶障害を負うてもうたという結末。



「暫く会わんと光な、俺と謙也見て首傾げんねん…誰やって顔、すんねん。それで謙也がお前の兄ちゃんたちやでて言うたると、泣くねん。泣いて謝んねん。忘れてもうて、ごめんなさい。わからんようになってもうて、ごめんなさい、て。アホやなぁ…そうなってまう原因を作ったんは、俺らやのに。俺らが…ちゃうな、俺があないなことせんかったら、光は今もここで、俺らの傍で笑うとったんに。何も謝ることなん、あいつにはないんに」



ぽたりと、目の縁に溜まっとった涙が、音を立てて零れ落ちる。いつもやったら、いいシーンを撮り逃したって思うはずなんに。俺はただ、その涙が落ちる様を眺めているだけで。


「俺な、光が事故に遭うたって聞いて、嬉しかった…嬉しかったんや。これでもう、光は一緒におられんて…謙也の傍におられんて。やから謙也と一緒におれるんは、俺だけなんやって…俺、最低や…こんな俺んこと、謙也が好きになってくれるわけ、あらへんのに…光のことかて、俺は大事やのに…」

「…泣くなや。お前は、悪うない…誰も、悪うないんよ。お前も、弟さんも…誰も、悪うないんやから、な」



そう、言葉を紡ぐと。
ゆっくり一滴一滴落ちていく涙に手を伸ばし、掬いあげた。

誰が悪いかなん、俺にはわからんかった。白石がしてもうたことは、確かに弟さんが事故に遭う切欠になったかもしれん。やけど、事故の直接の原因は車を運転しとったドライバーにあるんやし。診断ミスをした医者にかて、過失はある。一該に誰が悪いとは、言えんと思うんや。


「…ひかる、ごめんな…ホンマに、ごめん…」


そう思いながら俺は、ただ目の前ではらはらと泣き続ける人の涙を、拭うことしか出来んかった。





***




「…やっと、終わった…」


あの日…千歳との約束を破ってまで蔵ノ介たちを追うた日からずっと、大分前に一遍、締め切りを破った結果下がってしもうた評判を取り戻すべく、俺は心を入れ替えて原稿と向かい合うとった。その間も、蔵ノ介からの差し入れはなかったけど。せやけどそれが気にならんほど集中して、原稿に取り組むことが出来とった。

カレンダーを見れば、ちょうど1週間が経っとったことがわかる。あぁ、ここ数日はろくに飯も食っとらんかったし、寝とらんかったからな。時間が経ったことを自覚すると同時に、一気に疲労感が襲ってくる。あとはこの原稿を送ればえぇだけや。それは明日すればえぇやろと。
取り敢えず体力を回復すべくベッドへ飛び込む。


と、枕元に放りだしたままの携帯が、チカチカとランプを点滅させていた。そう言えばこの前帰った時に確かめもせずにポケットから放りだして、それっきりやった。担当さんや家族とは家電使うて話しとったから、気付かんわけや。

開いて見れば、残量一の電池表示と。異常な数の不在着信。


「…三十件て…登録ギリやん…一体、何やねんなぁ…」


高校に入ってから携帯を放置してまうことは、結構あったけど。こない不在着信が溜まっとることははじめてで。恐る恐る、着信履歴のページを開く。



「な、なんやねん、これ…」



そのページを埋め尽くしとったんは、一つの名前。
俺が約束を破った、相手の名前。



全ての日付はあの日…先週の日曜のもので。時間は数分から数十分間隔が空いとるけど。せやけどそれは俺が、はじめて見る光景で。
メッセージをお預かりしております。という表示に従うて、留守電サービスに、繋いでみる。
ゆっくりと耳に当てた携帯からは、一つの声が聞こえ続けた。その異様さに俺は、思わず携帯を投げ捨ててしもうた。

背中を伝う冷や汗に、眠気も疲れも、一気に冷める。



俺がしてもうたことは、異様なことなんやろか?許されんことなんやろか?


それとも奴が、異常なんか?



電池が尽きて、何も言わんようになった携帯を見つめながら、俺はベッドの上、途方に暮れてしまった。





謙也ぁ、俺もう、着いとっとよー時間までに、ちゃんと来っとね。ピ―――謙也、どこにおっと?まだ着かんと?俺、待っちょるよ。待ち合わせ場所ば、間違っとらん?駅の傍の、バス停ったいよ。ピ―――謙也?まだつかん?俺、そろそろ待ちくたびれてもうたとよ〜早く来んしゃい。ピ―――…どぎゃんして来てくれなか?事故にでも、遭うた?心配しとっと。連絡、ください。ピ―――……謙也。俺んこつば嫌い?俺だけ?今日を楽しみにしとったんは、俺だけ?なぁ謙也、何とか言って…ピ―――どぎゃんして来てくれなかと!どぎゃんして電話に出んと!一緒に海ば行こうて、約束したっち!なんに、なんで!?なんで約束ば、破っと!!ピ―――……ごめんなさい、ごめんなさい、嫌いにならんで…お願い…俺んこつ、嫌いに、ならんで…ピ―――……謙也?ほなこつ、どこにおっと?忘れたと?今日の約束…そんなこつ、なかよね。昨日かて、電話したばっかりたい…俺、待っちょるから。ずっと謙也のこつば、待っちょるから。ピ―――謙也ぁ…どぎゃんして、来て、くれなかの…俺、ずっと謙也のこつば、待っちょるんよ…早く、早く来て欲しかぁ…お願い…ピ―――……謙也、来てくれっとよね?俺、待っちょっても、よかとね?俺、信じとるから…ピ―――…もうよかよ。謙也は俺との約束なん、大切じゃなかとね。もう、わかったと。もう、謙也なん知らなか。もう…ピ―――…謙也も俺んこつば、いらんとね……やっぱり俺は、いらんとね……ピ―――





なぁ千歳、お前は一体、何を望んどるんや?
いらんて、どういうことやねん。いつ俺がお前をいらんと言うたんや?


聞きたいことはようさんあったけど。それに対する千歳の返答は一向に思い付かず。


考えることを放棄した俺は、そのままベッドに沈みこんだ。







14 Leady?



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