「…で、聞いて欲しいことて、一体何や?」

「んー…せやなぁ…どっから話せば、えぇか…」


あの日…光の元を訪れた日に出会った小石川は、どこか謙也に似とった。正確には、昔の謙也に。


今の謙也は、俺が言うのもアレやけど。どっか暗うて。常に何か苦しそうで。
あの頃は…光にせがまれて漫画を描いて、それを光と俺に見せとる頃と、やっとること自体は変わらへんのに。常に謙也は苦しそうに、机に向かいペンを握っとる。

俺ら三人の間で光の事故を境にして、仰山の変化があった。やけどそれは、その時やのうて。
謙也が本格的に漫画を描き始めた頃…一年くらい前から、始まったこと。謙也が本格的に漫画を生業にしよう思い始めた頃のこと。


その頃からや。謙也は笑わんようになった。笑うとっても、目が笑うとらん。昔みたいに腹の底から笑っとらん。漫画描いとる時かてそうや。ちっとも笑うことがない。ちっとも楽しそうやない。

そうなってまう前の謙也に、持つもんはペンとカメラと、ちゃうけど。小石川は、似とった。それが好きで好きでしゃーないて、顔をしとるところが。そのものが関係するんやったら、周りかて見えんようになってまうところが。


やからか、街中でいきなり声を掛けてきよった小石川に対して、俺はそない嫌悪感を抱かんかった。それどころか、好意すらもってしもうたんやから、可笑しな話や。



それと、何となくやけど。
こいつなら俺がしてもうたことを責めんて、妙な自信があった。



そんな自信からか。知り合うてまだ二週間も経っとらんというんに。俺はずっと自分一人で抱えとった、俺の過去を、こいつに話すことにした。



光があぁなってしもうた、全ての原因を。



もう、俺は限界やったんや。
光を失い、謙也にまで突き放されて。
やから誰かに、全て話した上で、それでも俺を、責めんで欲しかった。



それが出来るんは、小石川しかおらんて、思うた。




話したいことがあると言えば、二つ返事で了承をくれた小石川と並んで、街を歩く。こないな風に誰かと一緒に休みの日に街を歩くなん、一体いつぶりやろな。



辿り着いた小石川お勧めや言う喫茶店は、統一されたアンティークの家具によって、落ち着いた雰囲気が出されている。それぞれのテーブルに座っとる客も、年配の方が多く。俺らが入ってきたことで、一気に店内の平均年齢が引き下げられた感じや。

案内もされずに着いた席、多分ここが、小石川の指定席なんやろ。カウンターの奥におる、喫茶店をやられとる人にしては大柄なマスターも、それを咎めん。暫くしてからやってきたウエイター(こっちも俺の親父くらいの歳の人や)にも、馴れた様子で注文をし、俺も彼に倣い、お勧めやという珈琲を頼んだ。


それが運ばれて来るまでの間。ちょお深呼吸をしてから向かいに座った小石川は、俺の今日の目的……話したいことが何なのかと、促す。まぁ、話すて決めとったんやけど。小石川やったら非難なんせんて、自信はあるんやけど。せやけどいざ話すとなると、少し尻込みしてまう。

殆ど音なん立てずに置かれたカップを満たす、珈琲にいつもは入れんミルクを入れて。それをかき混ぜるふりをして、小石川から目を逸らす。真っ直ぐに向けられる目は、俺を否定せんと思うとっても、どこか痛かった。




「…ちょお長い話になるし。そない聞いても気分えぇ話ちゃうけど…それでも、聞いてくれるか?」



そんな目と向き合う覚悟を決めて。ずっと見詰めとった琥珀から顔を上げる。
俺の言葉に小石川は、覚悟の上やと、小さく笑うてから。それから真剣な顔をして、頷いてくれた。


その表情に俺は、こいつを選んで正解やったと、思うた。



「俺、俺なっ…」

「おー蔵ノ介に小石川やん!グーゼンやな、こないな所で、会うなんて」




ギュッと、膝の上で拳を握りしめて。少し乗り出す形になって口を開いた瞬間。

聞こえたんは、ここ十数日聞いとらん、やけど耳に慣れしたしんだ声。
この雰囲気にはちっともふさわしない、明るい声。



「…け、んや?」

「ちゅーか自分ら、知り合いやったん?俺、ちっとも知らんかったわー」



そう言う謙也の声は、いつものように明るうて、そしてどっか暖かいもんやったけど。



そう言う謙也の顔は、ちっとも笑うてなかった。その声とは遠く、かけ離れたモンやった。









12 Once again



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