そう唸るように言うた光の顔は、今まで見て来た中でも一番苦しいて、言うとるようやった。

それは数年前…事故があった数か月後。俺や謙也に見せた表情に、よぉ似とった。
俺が一番罪の意識を感じさせられた、そん時の表情に。

その事に対して、胸が痛なったけど。それ以上に、嬉しいて思うた。



「…光はその友達のことが、ホンマに好きなんやな」

「は!?ちゃ、ちゃうし!そないなこと、あらへんし…やって俺、こんなんやし。俺なんかが誰かのこと好きになるとか、ありえんし…絶対に、あらん。俺があいつんこと好きとか、ない」



顔を真っ赤にして。それまでのしおらしさはどこに行ったんやと聞きたなるくらい必死になって否定する光を見て、益々笑みが零れてまう。
胸の痛みなん、その様子を見とったら奥に引っ込んでしもた。


あぁ。ホンマにこの子は、その友達のことが大切なんやな。
きっと失いたないから。そのことによって傷つきたないから。
そないなこと、言うてまうんやな。


ホンマに、俺たちは兄弟や。こないところまで、似てるんやから。



「光。アカンよ。言葉にはな、力があんねん。言葉にしたことがホンマになってまう、力が。やから、思うとらんことを言うたらアカン。それと、自分なんかなん、言うたらアカン。光は俺の、大事な弟なんやから。俺のたった一人の、大事な弟なんやからな…それと」


きょとんと目を大きくして、真っ直ぐこちらを見る弟の肩に手を置く。母親似の真っ黒な瞳には、父親によぉ似た俺の姿が映し出されとった。その、父親に似た顔が、口を開く。


「自分の気持ちに、嘘吐いたらアカン。後悔することに、なるから…光にはそうなって、欲しないから」


やからちゃんと、自分の気持ちに正直になるんやで。


そう言えば光は、ちょっと間を空けてから小さく頷いた。それを見届けると、肩に置いたままの手を下ろして。そして二人、顔を見合わせることなく、前を向く。たださっきよりも少しだけ、距離は縮んだ。



「…兄ちゃんは、後悔なんしたこと、あるんか?」

「……あるよ。そりゃもう、ようさんしとる……やけどもう、後悔はしたないねん」


控えめに発せられた声に、はっきりと答える。そう、後悔はしたない。そして光にも、後悔だけはして欲しない。俺のように、なって欲しない。




「…俺、謙也が好きや。友達としての好きやのうて、それ以上の意味で。謙也のことが、好きやねん…やからもう、このままの関係は、嫌や」



もう自分の気持ちに、嘘は吐かん。

真っ直ぐ前を向いて、誰かの前で自分の気持ちを告げたんは今日が初めて。この気持ちを最初に聞いて貰うんは、光がよかった。やから今日、ここに来た。光にこの気持ちを、聞いてもらいたかったから。

光は少し驚いたような顔してから、兄ちゃんの気持ち、謙也兄ちゃんに伝わるとえぇねって、言うてくれた。俺のこの気持ちのために、自分が傷ついたなん、知らないで。


床に放り出されとった手に、温もりを感じる。それに引かれるように顔を上げると、そこには俺が一番好きな微笑みを浮かべた光がおった。
その笑顔は大丈夫やよって、言うとるみたいで。



「…光、堪忍な」



掴まれた手を逆に、こちらに引く。そうすることによって倒れ込んで来た、年齢の割に細い身体を、ぎゅっと抱き締める。

伝わって来るんは三年前とちっとも変わらん、低めの体温と。そして微かやけど確かな鼓動。

光が生きてここにいるんやって、証明してくれる音。



「?何で兄ちゃんが、謝るん?」

「えぇから…ホンマに、ごめんな…お前は絶対に、幸せにならなアカンよ」



それでも、この先掴むであろう幸せを全部、光にあげるとは言えん俺は、兄貴失格なんやろな。



なぁ、光。もし俺が自分が今苦しんどるきっかけをつくったって。もし俺が自分が友達一人つくるんにもこない苦しむきっかけをつくったって。そう言うても。


お前は俺に向かって、笑うてくれるんかな。俺のこと、兄ちゃんて呼んでくれるんかな。


それを聞く勇気も覚悟も、俺にはまだなかった。





***




あれから何日も、俺はあの“部長”さんを探しとった。

テニス部の連中から部長と呼ばれとったことから、テニス部の部長やってことは確かで。なんにあの後は一遍も、テニスコートに現れることはなかった。

そこでようやく、俺たち文化部と運動部の、引退時期の違いを思い出す。せやった、俺らは秋の学祭までは何やかんや言うて、部活に顔出しとるけど、運動部の連中は夏のIH終わったらもう、引退しとるんや。あの日がひょっとして、あの“部長”さんにとって、引退前最後の部活やったとしてもおかしないし、もう引退してもうてるんに、たまたま顔を出しとったとしても、頷ける。

それからほどなくして俺は、数少ないツテを頼ってテニス部の前の部長が“白石蔵ノ介”という男であること。そして俺の考え通り、夏のIHを最後に引退してもうてることを知る。

クラスも聞いて、尋ねてみよう思うて出向いた先。そこに“白石蔵ノ介”はおらんで。



「だまれ…黙れ黙れ黙れ!」



彼を探して辿り着いた先。そこで“白石蔵ノ介”はまた、違う表情を俺に見せてくれた。

激昂し吠える彼には、先日見られたようなスマートさやどっか現実離れした美しさは、なく。その代わりどろどろと、溢れる出す感情…人間臭さに、溢れ返っとった。

一緒におった奴が去った後、地面に膝を着いた彼の表情を見ることは、俺には敵わんかった。そないな風になっとる彼に、掛ける言葉も見当たらなかった。ただ、小さく震え取る背中を、時々漏れ聞こえる嗚咽を、脳に刻みつけることしか、出来んかった。


その姿を見て俺は、益々彼を撮りたいと思うようになった。




「って!白石蔵ノ介!!」



そして三度目の邂逅。
ようやく神様は俺に、味方してくれた。



学校を自習早退してぶらついていた街。そこにおるはずのない彼の姿を見つけた俺は思わずその名を叫ぶと、驚いたように振り返った白石の腕を掴む。


「…なんや自分?俺のこと、知っとるんか?」

「頼む!自分のこと、撮らせてくれ!!」

「……は?何やて?」



掴んどらん方の手を顔の前に出し、拝むポーズをとりながら頭を下げると。益々驚いたような、素っ頓狂な声が返ってきた。
その顔も俺が知っとる“白石蔵ノ介”からは、遠く離れた…どちらかと言うたら年相応っちゅーより幼い印象を受ける、そないな顔やった。





その日から俺、小石川健二郎と。彼、白石蔵ノ介の関係がはじまることになる。
時間を重ねるにつれ白石は俺に、色々な表情を、色々な部分も見せてくれるようになった。
せやけどそれは、決して俺が見たかったもんばっかりやのうて。



「…なぁ小石川、ちょお聞いて欲しいこと、あんねんけど」



知れば知るほど、白石蔵ノ介が抱えてきたモンのでかさを、白石蔵ノ介を構成するモンの広さを、知ることになる。

そして。白石蔵ノ介という人物を知れば知るほど、その魅力に囚われてしもうとる自分に、そっから抜け出せんようになってしもうた自分に、気付いていくことになる。








11 Why?



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