「あの頃はよかった」
そんな言葉、死んでも言いたなかった。後悔なん、したなかったから。

いつやって俺は、常に自分にとって一番えぇ方法を取って来た。それがどない犠牲を払うものやとしても。それが自分の将来のためになるんやったら、やってきた。それが誰かを傷つけてまうものやとしても。


考えれば俺はそうやって、ただ逃げてきただけやったのかもしれん。
傷ついてまうことから、逃げていただけなのかもしれん。


自分の将来にとって、なん言いながら。ただ今の自分が傷つかんように、守っとっただけや。逃げとっただけや。
自分の気持ちに嘘吐くたない言うて、逃げていただけや。もしその気持ちが否定されてもうた時に、傷ついてまうことから。


自分の幸せを手にする為や言うて、逃げていただけや。もしその“幸せ”以上のもんを失ってしもうた時に、傷ついてまうことから。


そう、俺は逃げとった。逃げて逃げて、そして行きついた場所は、ここやった。





10  and





「…兄ちゃん、久しぶり…や、よな?」

「おん。久しぶりやな、光。元気そうで、何よりやわ」


親には学校に行くと言うて、俺が向かったんは街はずれにある一軒家。俺の一個下の弟が暮らす場所。
俺が自分の幸せの為にと傷つけてしもうた弟が、その傷を癒しながら暮らす場所。

俺がアポもなしに来たことに、光の面倒を見てくれてるオサムちゃんは、驚いたような顔しとったけど。やけど俺の顔をじっと見ると、ただゆっくりしてけ、親さんには言わんからと、それだけ言い残して自分は席を外してくれた。流石、こないな所で隠居紛いの生活をしとっても、元は腕利きの医者っちゅーところか。人の顔読むことには、慣れとるんやろ。多分やけど。


最初はいくらこの状況を俺が生み出してもうたもんやったとしても、光んことを邪魔やと思うとったとしても、こない胡散臭そうなオッサンに光を預けることに、俺は反対しとった。光をこないにしてもうた“直接”の原因を生み出した奴に、光を預けるなんとんでもないて主張しとった。やけど謙也の親父さんの強い推しがあったし。何よりオサムちゃんの真っ直ぐな目が…自分のしてもうたことから逃げようせん目が、今の生活を俺や家族が認めることになったきっかけの一つになったことは、否めん。


恐る恐る、こちらを窺いながら言葉を紡ぐ光を安心させるように笑うて、その言葉を認めたって。そして相変わらずワックスで固められた、お世辞にも触り心地がえぇとは言えん頭を撫でたると。いらっしゃいと、小さく笑うた。


通されたリビング、俺たちは隣同士に座って。最初こそどこかよそよそしかった光やったけど。いくら離れて暮らしとる言うても、俺たちは正真正銘の兄弟や。そない緊張はすぐに解けて、横に座る弟は、最近あったことを、時折笑顔を交えながら俺に話してきた。

その大部分は既にオサムちゃんから聞いとるもんやったけど。昔からそない喋る子やなかった光が、一生懸命に自分の言葉で、俺にその状況を伝えようしとる姿は、見とるだけで満ち足りた気分になるモンやった。


光と一緒に暮らすようになってから、オサムちゃんは三日に一遍、うちに彼の様子を知らせる電話をくれる。
そん中で最近、光に友達ができたんやと、聞いた。それは光が熱出して倒れて。そんでここ最近ずっと保っとった記憶を失くしてしもうた、その直後で。



―――大丈夫やで。あの子はきっと、光の背負っとるモン、一緒に背負ってくれる。



そう電話越しに聞いた声は、どこか嬉しそうやった。そない弾むようなオサムちゃんの声、聞いたんは初めてやった。

やからきっと、光にとってもその“友達”っちゅー奴ができたことが、えぇことなんやって、思うとった。
事故の後、それまで付き合うとった連中とも交流を絶っとった光にとって、俺たち以外の人間と会うっちゅーことは、プラスになるんやと思うとった。



「…せや光、最近友達できたんやってな」



やから。
二人きりのリビング。隣同士、手を伸ばせば触れられる距離を保ったまま。出されたコーヒーに入れたミルクをスプーンで混ぜながら紡いだ言葉。

それに光は、嬉しそうな顔すんのやと思うとった。



「…正直、どう付き合うてえぇか、わからんねん」



やけど。
光から返ってきたんは意外な言葉。カチャンと小さく音を立てて、持っていたマグカップを置いた彼の顔は、先ほどまでとは打って変わって、どこか暗くて。



「なんや?そない嫌な奴なんか?それともアレか、やたら同情するとか、根掘り葉掘り聞いてくるとか…」

「ちゃうねん。そないな奴やないんや。やけど…」

「やけど?」



光がそない顔するんやから、その友達って奴は彼にとってマイナス要素でしかないんかと思うた。オサムちゃんの見込み違いやって、小さな憤りさえ感じた。
しかし、彼の口から出たんは、否定の言葉で。その言葉を紡いだ表情は、これ以上ないてくらい、必死なもんで。


友達のことを誤解して欲しないて、全身で訴えとるようで。



「そいつな、俺がこの前熱出してぶっ倒れて…そいつんこと、忘れてまう前も、俺と友達やってんて。そんでな、自分のこと忘れてもうた俺とまた、友達になりたい言うてくれてな……俺また、忘れてまうかもしれんのに。いくら仲良うなっても、忘れてまうかもしれんのに……やから、どこまで仲良うしてえぇんか、わからんのや」











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