「…謙也?何考えとっと?」

「あー…ちょお、自己嫌悪に陥っとるだけや」

「ふーん?」



そう、自己嫌悪。


俺のためを想って行動してくれた蔵ノ介に対して、あないな言葉を放ってしもうた、自分に対して。
そして…そないな言葉を放ってしもうたことで、蔵ノ介が俺から離れてまうんやないかって、そんなことばかりを心配しとる、俺自身に対して。

蔵ノ介がどないな想いやったかなん、いくらずっと一緒に育って来たとはいえ、所詮他人である俺には、想像することしか出来ん。お前のことを俺はわかっとる、なんて安い言葉、嘘でしかないから言いたない。

やから、蔵ノ介があない献身的に俺に尽くしてくれる理由も、わからん。それはホンマに俺を想うとってくれてるからなんか。いなくなってもうたあの子の代わりに、俺の世話を焼いとるだけなんか。それとも他の理由からなんか。いくら考えても、俺の自身が正解を導き出すんは、違う気ぃがした。



結局俺と蔵ノ介は、別の人間で。完全にわかり合うなん、不可能なんやから。



やけど。俺は蔵ノ介を手放したない、思うとる。
あの子のときみたいに、手放したないて、思うとる。

それは俺の勝手な自己満足。蔵ノ介のことなん、何も考えとらん、俺の勝手な願望。


そこあるんがどないな感情なんかは、俺自身にもわからん。


考え出すと、止まらん気ぃして頭を思いきり振る。そんな俺の横、不思議そうな顔をして立っとる千歳を、じっと見つめる。
俺より背もでかいし、ガタイもえぇのに。
それなんにどこかこいつには、蔵ノ介やあの子みたいな…そう、何となくやけど、弱々しい印象がある。それは何故なんか。それも問い始めたら、終わりが見えん気ぃした。


「そう言えば自分、前に運命の人探すためにここに来たー言うたよな」

「…あぁ、そぎゃんこつも、あったとね」


そんな千歳を見とって。思い出した言葉があった。


あの日、浜辺に並んで寝転んで。そん時に言われた、引っ越しの理由。



―――…俺がこの街ば来たんは、運命の人を、探す為っちゃ…謙也にもおるっちゃよ。大切な大切な、運命の相手が。



何となく気になって聞いた言葉やった。やけど返って来た言葉は時間が経っても、ずっと俺ん中に残っとる。


「俺な…運命って言葉、大嫌いやねん…やけど運命て言葉で片付ける方が楽かてことも、夢があるてことも、わかっとるんや」


そう、わかっとる。わかっとるんや。ただ、納得出来んだけで。
それは千歳に対する、否定の言葉なんかもしれん。やけど俺はやっぱり、納得出来ん。



「やけど俺は…運命なんてもんで、人生決められたないねん」



運命なんて言葉で、片付けられたない。

そう言うてから千歳の方を見ると、ちょっと困ったような顔をしとったけど、やっぱり千歳は、笑うとった。
その顔を見ると、妙に落ち着いてまう自分がいた。ホンマは千歳を否定するに近いことをしたんや、もっと…そう、蔵ノ介に対して感じとるような、自己嫌悪みたいなんをもっても、えぇはずなんに。


「…なんでやろな。自分の顔見とると、ほっとするわ」


言葉にしてまうとそれは、消せない事実、そして真実として俺の心ん中に、どっかりと座った。





***




まるで何もなかったみたいに、謙也は隣に座っちょる。
さっきまで見せとった険しい表情やなく、どこか安心しちょるような、そんな顔をして。自分だけが満足したような、そんな顔をして。

あぁほなこつ、この男はどこまでわかって、言葉を放っとるとや?
なぁ、そん言葉は一体、どぎゃん感情から出とっと?何でそぎゃんこつ、言えっと?


そう、問いただしたい。やけど、それはできなか。そうしたらこん関係ば、壊れてしまうから。


そんな風に俺が思っちょるなん、きっと気付いてなかね、謙也は。



「なぁ…謙也」

「なんや?」




「次の日曜、一緒に海に行こう。もう一遍、あの海に行こう、ね」



そう言うと謙也は、せやなと嬉しそうに笑う。
まるで何も、感じていないように。


そう笑うことができる謙也のこつを、俺がどれだけ羨ましいと思っちょるかなんて、知らないのだろう。



約束やでと、差し出された小指に自分のそれば絡めながら、思うた。




空がえらく高く感じた。
それはいくら俺なんかが手を伸ばしても届かんよと、言われているような、気がした。






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