「だまれ…黙れ黙れ黙れぇ!」



叫ぶと俺は両耳を押さえて、その場に蹲る。

そうやってこいつから逃れることしか、俺には出来んかった。そうやってでもこいつから逃げることしか、俺の頭ん中にはなかった。


絶対に認めへん。こいつが言うことなん、嘘に決まっとる。認めへん、認めへん。


「…ほなこつ謙也のこつ好いとるなら。謙也の傍から、離れっとね…それが、謙也にとって一番、幸せなこつばい…それと多分、お前さんにとっても」


ぎゅっと身体を縮込ませた俺に、捨て台詞のように言葉を置くと千歳千里は。ワザとやろうか、足音を立てながらその場から去って行った。

まるでもう、俺になん興味ないように。その足音には一片の迷いもなかった。



「そ、ないなこと…自分に言わる筋合いなん、ないわ…」


地面を濡らす雫が涙だって気付いたのは、それから大分経ってからのこと。


あぁ、泣いたのなん、いつ以来やろう。その時は涙を拭ってくれる人が、傍におったけれども。


今俺は、一人や。



―――それが、謙也にとって一番、幸せなこつばい…それと多分、お前さんにとっても。


千歳千里の声が、一番思い出したない声が、蘇る。


幸せって、何だったんやろ?
あの頃感じとった幸せは、どこに行ってしもうたんやろ?



久しぶりに聞きたい声があった。
その声は今もまだ俺のことを、前のように呼んでくれるんかは、分からんけれども。


あの声を聞けばそれが何だったか、思い出せる気がした。
あの頃に戻れるような、気がした。




***




「ひかる!こっちやで!!」


あの日…久しぶりに学校に行った日から暫く経って。俺はまた呼び出されとった。どうやら担任やらに会うただけで授業に出んかったことや、面談での俺の態度が気に入らんかったらしい。
もう一遍、面談やーって、そこでしっかり話着けるって、オブラートに包まれとったが、そう書かれた文面のプリントを蔵ノ介が持ってきてくれた。

かと言うてやっぱり教室に馴染むことの出来ん俺は、相変わらず授業中は屋上に行き、放課後は約束の時間になるまでぶらぶらと、校内を歩き回って。学年とか関係なく、同じ制服を着た同じような背格好の人間が行き交う廊下でも、俺は一人やったけれども。やけど教室で感じるような疎外感は、ここにはなかった。


ちょっとだけやけど、軽なった足を動かしとる中。耳に飛び込んで来たんは、懐かしい名前。
そない珍しい名前とちゃうし、どうせ他人やろう…ちゅーか、本人のわけない思うて。

やけど何となく、胸騒ぎみたいなもんが、して。



ゆっくりと、声がした方を向く。



「ちょ、金太郎!走んなや!」

「やってひかる、遅いんやもん!ほれ、行くで!」



一陣の風のように、通り過ぎた影がふたつ。


一つは真っ赤な髪をした、俺よりも小さな少年。きっと一年生やろうと思うたが、俺のんよりも制服が汚れとって。まるで何年も着とるような、雰囲気。


そしてもう一つは。



「…ひ、かる?」



真っ黒な髪をワックスで立てて、耳をじゃらじゃらとピアスで飾り。年齢の割に細い身体を必死に動かして、手を引く赤毛の少年に着いて行っとる、一人の少年。

俺の記憶の中にあるあの子にそっくりなその姿に、思わず言葉が出てまう。


やけどもう、その姿はここにはなくて。彼らが走って行った方に目を向けても、そこには誰一人としておらん。ただ指し込む夕日が床に、反射しとるだけ。真っ赤に燃える太陽が、俺を照らしとるだけ。


そんな場所に、一人佇んで。自分に言い聞かせるように、俺は口を開く。



「…そんなわけ、あらへんよな…やって、光は…」



ここにおるはずなん、ないのやから。




あの日、手を離してもうたんは自分。
あの日、あの子を選ばんかったのも自分。


なのに今になってこんなにも、あの子の大切さに気付いとる。



なんであの時、あの子の手を離してしもうたんやろ。
なんであの時、あの子のことを選べんかったんやろ。


後悔だけがいつまでも重く、俺の胸ん中には残っとる。


それが消えへん限り俺は、前になん進めへん。分かっとるんやけど、それを消してまうことは、あの子への最大の裏切りのようにも思えてまう。



一瞬見えた、あの子にそっくりな少年は笑うとった。
俺の中におるあの子も、笑うてくれたらえぇのに。自分がしたことを棚に上げてそないなことばっかり考えてまう俺を、きっとあの子は、許してくれへん。


自分だけ幸せになろうなん、許してくれへん…許してなん、くれんでえぇねん。




いくら腕を伸ばしてももう、あの子には届かへん。
やけど他の腕を掴むことも、俺には出来へん。







08 Un healable



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