どうしても手に入れたいもんなのに。何をしたって手に入れたいもんなのに。

そういうもんに限って、簡単に掌から零れ落ちていってまう。
そういうもんに限って、簡単に他人に奪われてまう。

どない大きな犠牲払ったって、手に入れたい思うてんのに。
大きな犠牲を既に、払っとるっていうんに。


必死に足掻く俺を嘲笑うみたいに、簡単に、簡単に。


そないなこと、絶対に許さへん。認めへん。
絶対に…許すわけには、いかんのや。


それが俺の、たった一つの幸せを…他の幸せを捨ててまで得た幸せを、守るための手段なのやから。





07 Fall down





あの日…原稿を落としたと、妙に清々しい顔で言うてきた日から、謙也は学校のことを、気にするようになっとった…正確には、千歳千里のことを。

数々の作品を生み出している謙也の頭の中にある世界は、どこまでも広がっとったけれども。実際に謙也が生きとる世界は、ホンマに狭かった。やから俺は謙也がどこかに行ってまうなん、心配をせんでもいられた。

謙也が生きとる世界の全てを、俺は把握しとったから。謙也が実家に帰る日や担当さんらに会いに、街に出る日。そしてこの部屋に…謙也の世界の殆どを形成しとる部屋に戻って来る時間も。仕事のスケジュールやって本人以上にしっかりと、把握しとる。

そこまでする自分が、異常やって思うたこともあるし、他人から見たら異常以外の何モンでもないっちゅーことくらい、分かっとる。


やけど俺には、こうすることしか出来んかった。
自分の小さな幸せのために。






「…ちょっと、えぇか?」

「ん?俺?」

「そう、自分や自分」


普段滅多に行かん教室。そこにおる元チームメイトに会ういう名目で向かった場所。
最初はその姿を見るだけのつもりやった。最初はその様子を窺うだけのつもりやった。

なんに気が付いたら俺はそいつに…ここ数日、俺の心をかき乱しとる元凶である男に、声を掛けとった。


初対面の俺にいきなり声を掛けられて、しかも俺の名なんかも聞かんで。のこのこと後を着いて来る。ほんま、警戒心の欠片もないような奴や…やからなんかな、謙也が気を許したんは。
そないなことを考えながら、俺にとって一番いやすい場所…テニスコートが見える場所に、辿り着くと足を止めて。
でかい図体を揺らしながら後を着いて来とった千歳千里の方へと、身体を向けた。


身長差から自然と見上げる形になってまうんが、何となく見下されとるようで気に食わん。そんなどうしようもないことにまで、苛ついてまっとる自分に、驚いた。


全く面識のない奴に、こない人気のないような場所に連れ出された言うんに。この男ときたらへらへらと笑顔まで見せて。


あぁ、ホンマ腹が立つ。


こない何も考えとらんような奴に…謙也のこと何も分かっとらんような奴に、謙也の未来が邪魔されてもうてるなんて。
やっぱり俺には、許せんこと。


絶対に、許したらアカンこと。



「自分…何のつもりか知らんけど。謙也にちょっかい出すん、やめてくれん?謙也の邪魔するん、やめてくれん?自分は知らへんかもしれんがな、今は謙也にとって、大事な時期やねん。仕事で成功出来るかどうかって、大切な時やねん。それを、自分みたいにぱっと出てきよった奴に、壊されてもうたら、たまったもんやないわ」



そんな気持ちをそのまま言葉にすると。自分が思っとったよりもずっと低く、冷たい声が出たことに少しやけど驚いた。
きっとこいつも睨みつけとる目かて、冷たい色を濃くしとるんやろうが。そないなこと、関係あらへん。寧ろえぇことや。

こいつに俺が思うとること、少しでも伝えることが出来るんやろうからな。


暫く無言の空間が広がった。俺は千歳千里を睨みつけることを止めず。千歳千里は俺を見降ろすことを止めず。その表情は互いにちっとも変わらへんで。時間だけが、無意味に流れていく。




「…謙也が自由になれんのは、お前さんのせいとね」



ふっと、それまで何の感情も表しとらんかった千歳千里の顔が、動く。
その顔に浮かんだんは、嘲笑。俺を心底馬鹿にするような、厭らしい笑み。


思わずカッとなってまう。顔に熱が集まるんが分かる。やけど俺が口を開くよりも先に、俺が拳を振り上げるよりも先に。千歳千里はまた、口を開く。



「…お前さんみたいな奴が傍におっから、謙也はいつまで経っても、自由になれんとね…可哀想に。本当のこつば言うちゃる、お前が一番、謙也の邪魔ば、しとっとよ」

「だ、まれ…」

「本当のこつ言われて、図星ったい?何度でも言っちゃる。謙也はお前なんかと一緒におっと、幸せになんか、なれん。絶対に」



こいつは、何を言うとるんや?
俺が、謙也の邪魔をしとる?謙也のことを一番よう分かっとる俺が?


それは、お前のことやろ?いきなり現れて、謙也の心を乱して、原稿落とさせた挙句、今もあいつの心ん中に居座って。
その上俺を、邪魔やって言うんか?俺のせいで謙也が自由やないなんて、言うんか?


聞きたない、そないな言葉、聞きたない。
認めへんもん、そないなこと、認めへんもん。










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