「着いたで!ここが、ワイの通うとる学校や!」

「ここが…学校…」

「ひかる、大丈夫か?放課後や思うて油断しとったけど…結構まだ、人おるみたいやけど…」



校門が見えた辺りで、隣に立つ光の方を見る。その顔が期待からなんか不安からなんか、いつも以上に表情を失くしとる気がして。
握った手に力を込めた。


「大丈夫や。ちょお久しぶりやから、緊張しとるのかも、しれへんけどな」


少しやけど力を失っとった手に、ワイがしたんと同じように力が込められる。それから光は繰り返して、大丈夫や、と言うと。ニッと笑うてみせた。
その顔は案内するはずのワイよりも頼り甲斐があるように見えて。


「よっしゃ!ほな、行くで!」

「…ん」


ワイはそんな光に負けんように力強く笑うて。もう一遍その手をぎゅっと握り、走り出した。



校門をくぐれば、見知った顔といくつかすれ違う。やけど生徒数が多いことが幸いしたんか、皆光んことを、この学校の生徒やない、なんて思うとらんようや。
走り抜けてまえば誰も、声を掛けたり行く手を阻んだりは、せんかった。



「ここや!」


光の手を引いてワイが辿りついたんは、学校の屋上。

そこに繋がる扉を大きく開いたれば、目の前一杯に広がった夕日が飛び込んできた。真っ赤に燃える夕日はゆっくりと、地平に沈んで行く。



「…すごい…」



光の少し掠れた声が、聞こえた。横を見ると真っ直ぐに、沈んで行く夕日だけを見とる光が、立っとって。ずっと繋ぎっぱなしやった手に、力が込められる。
真っ黒な両目はただ、夕日だけを見とる。


ワイがこの学校で、いっちゃん光に見せたかった光景。いっちゃん光に、感じて欲しかった空気。

いつも会うとる廃駅かて、その視界を遮るもんなん、殆どないんやけど。やけどここには…ここから見る夕日と、そして海や街並みには、敵うもんなんないて、ワイは思うとるから。


ワイはこの場所から見る街が、いっちゃん好きやから。



「…ひかるにな、ずっとこの景色、見せたかってん…それが、やっと叶うた」


小春に学校に連れて行けばえぇと、言われた時。最初に思い浮かんだんが、この場所。
ここならきっと、光かて気に入ってくれるて…曲が思い付かんでも、何か想うてくれることがあるんやないかって。思うたんや。


目の前一杯に広がっとった、でっかい夕日は段々と、その姿を地平に消していく。真っ赤に染められとった海が、段々と赤から黒に色を変えていく。暖かかった空気も何となくやけど、冷たいもんに変わっていく。


そんな光景を、二人でずっと見とった。
それ以上何も言わず、ただ手だけ繋いだままで、見とった。


海から冷たい風が吹いてくる中、繋がれた手だけがやけに熱かった。





「…今日は、おおきにな。金太郎」

「えぇねん!ワイ、音楽のことなん何も分からんけど…やけどひかるの力には、なりたいし。それに約束、したやろ?」


二人で曲、完成させるって。


そう言うと光は大きく目を見開いてから。ありがとうって、笑うた。


この笑顔をずっと見ていたいて。ずっと傍で見ていたいて。
そしてこの笑顔を守るためやったら、何でもするって。思うた。




それから一旦小春らが待つ部屋に戻って。ユウジが持ってきたカメラで一緒に、写真を撮って。


「現像したらやるから、また取りに来るんやで」


ユウジに頭を撫でられながら言われた光は、嬉しそうに頷いた。



すっかり暗くなってしもうた道。夕飯を食ってけという小春の提案を、待っとる人がおるからと、断り元の服へと着替えた光を、いつもの廃駅まで送る途中。何であない嬉しそうな顔したんか、聞いてみると。


「やって…嬉しいねん。あないな風に写真撮ったんも、多分やけど、久しぶりやし。それに、また来てえぇって、言うてくれはったし」


“また”っちゅー言葉が、光にとってめっちゃ重いっちゅーか、大切な言葉やってことは、この何か月かの付き合いで分かっとった。忘れてまう光にとって“また”っちゅーたった二文字が、拠り所になっとることも、分かっとった。



やけど、それを言うたんがワイやのうてユウジってことと。

ワイやのうてユウジが言うたことに嬉しそうに微笑む光が、何となくやけど、嫌やった。



大好きな二人なはずなんに、めっちゃ嫌やった。




やからかな。あん時のワイはいつも以上に、その言葉を強調してもうたんや。



「それじゃあひかる、またな!また、明日な!」

「ん…また、明日」

「約束やで!また明日、会おうな!」


光にとってその言葉が、めっちゃ大事やって知っとったんに。分かっとったんに。
ちゃう、知っとっただけや、分かってなんかない。分かったフリして、光ん傍にいるんはワイやって、勝手な優越感抱いとっただけなんや。



ワイはまだ、光んこと、何にも分かっとらんかったんに。
勝手にそう、思い込んどっただけなんや。




守りたかったもんは、確かにあった。
やけどワイは、それよりも自分の中にあった汚い嫉妬と自尊心に駆られて、しもうとったんや。



なぁ、あの時あんなことを言わんかったら。
ひかるはワイの横に、おってくれたんかな?




次の日、外は大雨が降り注いどった。
その雨をもたらした雨雲は暫く街の上から動くことなく。


数日間、街に雨を落とし続けた。








07 Fall down



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