幸せって、何なんやろう?


お金があること?食いモンを腹いっぱいに食えること?好きなことやれること?好きな人と一緒におられること?
幸せの定義なん、人それぞれやーって、いつだか聞いたことがある。全く幸せっちゅーベクトルが向く方向が、正反対の人やっておるやろし。幸せにかて、大きさがあるやろうし。


ワイにとっての幸せって、何なんやろう?
光にとっての幸せって、何なんやろう?

ワイがいくら幸せやって思うとっても、光にとってそれが幸せやないんやたら、意味ない気ぃする。
光がいくら幸せやったら、ワイが幸せやのうても嬉しい、なんて思わへん。やって嬉しいって思うとる時点で、ワイかて幸せなんやろうし。


何や、考えとったら頭痛くなってきたわ…
兎に角、きっと今ワイは幸せなんやと思う。
光が隣におって、そんで笑うてくれてとる。そんな光を見て、ワイも笑うとる。


これが幸せっちゅーもんやないんやったら。
一体何が、幸せなんやろう?





06 Important




「ふぅーん…せやったら金太郎はんは、その子の為になにか、したりたいんね?」

「したりたいっちゅーか、一緒にしたいっちゅーか…ん、そないな感じや」

「一緒に…ね。えぇわね、そういうん」


台所に立ち夕飯の準備をしながら、それを手伝わんでテーブルに頭を乗っけとるワイの言葉に、小春は楽しそうに応えてくれた。

トントンと、一定のリズムで包丁が振り下ろされる。今日の夕飯は何やろ。小春が作るんやったら、不味いはずないんやけど。それでも好きなもんがテーブルに並べられるんは、嬉しい。

小春はワイの従兄で。両親が揃って海外赴任になって一人日本に置いてかれてもうたワイの面倒を、見てくれとる。一人で暮らすんには広過ぎたんやって、ワイのことを迎えてくれたんは確かに、一人暮らしには不釣り合いなくらいに広い部屋。どう考えたって、ファミリータイプのマンションの一室。最初は、何で小春がこない広い部屋に一人で住んどるんか、分からんかったんやけど。



「こっはるー来たでー」

「あらユウ君、いらっしゃい。別に呼んでないけどな」

「なんやー釣れへんなー嬉しいくせに」

「嬉しないわ。うちには金太郎はんがいるから、それで十分」



引っ越した初日から毎日、夕飯時になるとやってくるんは一氏ユウジっちゅーて、小春の中学からの同級生で。小春曰く“ストーカー”で。


「何や金太郎、おったんか?俺と小春の邪魔するなん、十年早いで!」

「別に邪魔なんせんしー…ちゅーか、ユウジが邪魔?」

「自分も言うようになったなー」

「もう、じゃれとる暇があるんやったら、こっち来て手伝うてや」

「おー任せときや」



なんに、小春とユウジの間に流れとるんは、あったかい空気。
小春はきっと、ユウジのためにこない広い部屋に住んどるんやなって、思うた。それを言うたったら、顔真っ赤にして否定されたんやけどな。


暫く頬杖つきながら、並んで台所に立つ小春とユウジの背中を見とった。もう何遍も見とる光景やけど、二人とも互いんこと、信頼してるっちゅーんがよぉ伝わってきて。小春が言いたいことを、ユウジはわかっとる。ユウジが言いたいことを、小春はわかっとる。小春が無言で手を出せば、ユウジがそこに胡椒を乗っける。ユウジが身体を捻れば、小春が皿を取って来る。そないな感じ。二人の間には言葉なんていらんって、言われとる気分になる。



「はい、金太郎はん。お待たせ」


そないなこと思いながら、ぼけっとしとると。目の前には美味そうな料理が並べられとった。

当たり前みたいに三つある椅子。ワイが座とっる以外の二つに、小春とユウジがそれぞれ座ると。三人揃って、手を合わせていただきます。立ち上がる湯気と匂いが、食欲を刺激した。





「…ほー一緒に何かしたい、なぁ…金太郎にしては、殊勝な考えやん」

「ユウ君。金太郎はんは真剣なんやから…そないなこと、言うもんやないよ」

「へーい。堪忍な、金太郎」


カチャカチャと、食器同士がぶつかる音がする中。ワイはさっき小春に言うとったことを、ユウジにも言う。
したらユウジのヤツ、目をまん丸くして見せて、心底びっくりしたっちゅー風に言うもんやから。思わず馬鹿にすんなやって、叫んでまいそうになったけど。せやけどそれを見越してなんか、窘めるような小春の声にユウジが素直に頷いたもんやから。怒る気なん、失せてもうた。


「兎に角。金太郎はんはその…ヒカル君?やっけ。その子の為に、その子との約束守るために、何か出来ることないんかって、迷ってるっちゅーことやろ?」

「せやんねん…ワイ、音楽なんちっとも分からんし。そんなワイが、ひかるの役に立てるなん、思えへんねん」


優しい目ぇした小春が、確かめるように言う。ワイは目の前の皿に盛られたサラダを三人分の小皿に分けながら、その言葉に同意してからまた、言葉を繋げる。
あの日、すっかり二人の場所になった廃駅のホームで、光の細い身体を抱き締めた後に交わした約束。二人で必ず、あの曲を完成させようって約束。

せやけどワイに出来ることがあるんかって、あの日からずっと、考えとって。ワイなんかが光の役に立てるんかって、疑問に思うてしもて。


あの日から三日、ずっと部活があって光には会えてへん。三日間部活が終わってから廃駅に向かったんやけど、光はおらんかった。

信用してへんわけちゃうけど、それでも三日も会うとらんとまた、光に忘れられてまっとるんやないかって、不安になる。


そないな気持ちを打ち消すように、ワイに出来ることを…光と一緒にできることを、この三日、ずっと考えとった。やけど全然いい案なん、出てこんで。

結局、ある程度は事情を知っとる小春らに、相談することにした。



「おんがく、なぁ…音楽なん、俺かて学校の授業でしか、関わったことないわ」

「学校かぁ…ひかる、学校行ってへんねんしなぁ…」


「それよ!」



ユウジとワイの会話を、静かにスプーンを口に運びながら聞いとった小春がパチン!と、手を叩き立ち上がる。
普段はマナーに煩い小春のそないな態度に、ワイもユウジもぽかんとしてもうて。やけどそんなワイらにお構いなしに。小春はスプーンを離した手を胸の前で組むと。



「学校よ学校!ヒカル君を学校に、連れてったればえぇんよ!」

「連れてったるて…それが音楽と、どないな関係があんねん」


小春が考えとることなら、何でもわかる思うとったユウジが、呆れたような口調で言う。組んどった手を解いて眼鏡のブリッジを押し上げながら、小春は得意げに続ける。



「学校っちゅーか新鮮な場所に連れてったるの。そんでイメージとかインスピレーションとか、膨らませてもらうんよ!…残念やけど、金太郎はんに作曲の才能があるなん、思えへんし。やったらヒカル君が少しでも作曲出来るような…少しでも気分転換出来るような場所に、連れてったるんがいいんとちゃうん?」



そうやろ?


にっこりと笑うて首を傾げた従兄に、ワイの心は感謝でいっぱいやった。





***




「…似合う、かな?」

「キャー!ヒカル君、めっちゃ似合うわぁ!ホンマ、かわえぇ!!」

「…ま、これやったらバレへんやろ。よぉ似合うとるで」

「……おおきに、っすわ」



次の日。

学校が終わるとすぐに、走って向かうたいつもの場所。そこに座っとった光はでっかい声出して手ぇ振りながら近付くワイの方を見ると、小さく笑うた。あぁ、ちゃんと覚えとってくれた。ちょっと安心した。

そんな光の手を取ると、ワイは何も説明なしに走り出す…ワイが暮らしとる、小春の部屋に向かって。
理由なん、途中でいくらでも説明できる。そないなことしとる時間も、惜しかった。


早く光と、学校に行きたかった。
早く光と、廃駅以外の場所に行きたかった。


早く光と、新しい“思い出”をつくりたかった。


部屋に着くと、出迎えてくれた小春とユウジが用意しといてくれた、ワイの学校の制服を差し出す。ユウジが着とったもんらしいけど、昼間ユウジが繕ってくれたお陰で、まるで新品みたいに綺麗やった。

差し出された制服をおずおずと受け取り着替えた光は、第一ボタンまでしっかりと嵌めた状態で。でっかい姿見の前でくるりと、回ってみせた。その姿はもう、ワイの学校の生徒そのもんで。
制服って不思議やな、着ただけでその学校の生徒やって、言えてまうんやから。


小春らに見送られて、ワイはまた光の手をしっかり握ると、学校に向かった。光の反対側の手には、二冊のノートが持たれとる。落とさんようにシッカリと、持たれとった。











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