空っちゅーもんは、どこまでも広がっとって。
その下に住んどる人は、世界中どこでやって、この地球の上におるんやったら、同じ空を見上げとって。

ましてや同じ国・同じ街に住んどるのやったら、俺が今見上げとるんと、そない変わらん空を、あの子も見とるっちゅーことなんやろうけど。



それなんに、こんなにも遠い。
それなんに、到底手が届くとは思えへん。


手が届かんのやない。
届ける気ぃが、ないだけなんや。


俺が伸ばさんかったら、この手があの子のところに届くことなん、ないんやって。分かっとるんに、な。


それでも俺は、手を伸ばさんかった。
その結果、あの子を手放すことになってしまうと、しても。





05 Together





壁に掛けられたカレンダーにつけられたでっかい丸印は、原稿の締切日。
次に○で囲まれとる日は、明後日。なんに俺の手元にある原稿用紙は、真っ白。

…あぁ、完全に煮詰まってもうた…


ネームの段階でOK貰うとったんに。いざ原稿に上げようっちゅー時に、俺の手は動かんように、なってもうて。

こないなモン、描きたないんに。何遍そう、思うたやろう。
やのに俺が今描かされとるんは、好きでもない、所謂恋愛漫画で。俺が描きたい思うとるんは、もっとこう、血湧き肉躍るっちゅーんか?アクション超大作、みたいな少年漫画で。

いつの間にか、自分が描きたないもんばかり、描くようになっとった。やってその方が売れるから。
いつの間にか、自分が描きたいもんを言わんようになっとった。やってそうしてまうと、売れんようになってまうから。仕事がのうなって、しまうから。


親は俺に、家業を継がせようと思うとった。やけど俺は、継ぎたなかった。
あの子を助けれらんかったモンになんか、なりたなかった。

やったら俺は、あの子らに希望を与えることが出来とったモンを産み出せる、仕事に就きたかった。
それが始まりやったんに。
今の俺を見たらあの子は、どないな顔をするんやろう。

今の俺を…描きたないモンをばっかり描いてるような俺を見たら、あの子はどないな顔を、するんやろう。



「…ちょお、気分転換にでも行くか…」


他に誰がいるでもないんに、そう呟くと。一週間前に着てそのまんま放り出されとった制服が、目に着いて。またあの空の下を走りまわったら、気持ちえぇやろうなって、思うて。

気が付けば、もう三年やっちゅーんにまだ小奇麗な制服に身を包み。財布と携帯、それから部屋の鍵だけをポケットに突っ込むと。俺の足は学校に…正確には学校の屋上に、向かって歩き出しとった。





着いてみると、ちょうど三限が始まったばっかりの時間帯で。ちょっとフェンスから身を乗り出せば見える校舎の窓の向こうには、黒板に向かって真剣な表情を浮かべとる、俺と同じ制服に身を包んだ生徒たち。

それもそうやろう。だってあと数か月もしないうちに、年が明けて、センター試験が始まって、入試があって…皆、それぞれの目指す道へと、進んで行くのやから。その為にみんな必死に勉強、しとるところなんやから。

俺かてホンマは、あの中におらんとアカンのやけど。二年の頃から前よりも、仕事貰えるようになって、とてもやないけど学校になん行っとる時間、なくなってもうて。この一年ちょっと、蔵ノ介と編集さんと、それから時々心配して様子見にくる家族と。それ以外の人間とは、片手で足りるくらいしか、会うとらん。会話なん、しとらん。

そないな風やから、この前学校行った時かて、クラスの連中から物珍しいモンでも見るような目で、見られたんやろ。先生らには俺の仕事んこと言うてあるけど、学校でそのことを知っとるんは、蔵ノ介くらいしかおらん。やから、クラスの連中は俺が何で休んどるんかも知らん。
そりゃ、サボり魔やとか、引きこもりやとか言われてもうても、しゃーないんやけどな。

ずっと見とった教室から目を外して、フェンスに背中を預ける。気分転換に来たつもりやったんに、来た時以上に重たい気分になってもうた。




「おー謙也ったい。久しぶりとねー」

「…千歳か」

「どぎゃんした?また、嫌なこつでも、あったと?」



思わずため息を吐いてまうと、聞こえてきたんは間延びした声。ここに来たら、ひょっとしたら会えるかもしれんて、思うとった相手。
相変わらず、屈託なく笑うとる千歳に、小さく微笑み返す。



「ん…ちょお、煮詰まっとってなぁ…気分転換に、来たんやけど。逆効果やったみたいで、な」

「ふーん…そりゃ、こぎゃんとこばおっても、気分転換なんか、出来んっちゃ」


ため息交じりに言うた言葉に、少し考えるような素振りを見せてから。


「今から時間、あっと?」

「…まぁ、ちょっとは」

「やったら行きたか場所あるばってん、一緒に行くばい!」



俺がはっきりと返事なんしとらんのに。こいつはまた、その大きな手で俺の手を掴んだかと思うと。



「ほれ、善は急げ!走るとよ!」

「うっわ!そない引っ張るなや!」



この前のように、俺の腕を引っ張り、走り出すんやった。
俺のすぐ前を走る、自分のんより広い背中は、何にも縛られとらんように、自由で。


まるで大きな翼でも、生えとるようやった。
俺にはない、大きな翼が。










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