そう思うようになったんは、光がいつも持っとるノートよりも一回り、大きなリングノートを持っとった時のこと。



「ひかる?そのノート、何なん?」

「…あ、れ?これ、自分に見せたこと、なかったんか?」



二人して間抜けな顔を互いに向ける。

ワイは光んことなら、何でも知っとる気になっとった。
光はその日あったこと全てを書き綴っとるんとちゃうから、ノートに書いてあること以上のことも話しとるんやて、思うとった。


そない思いこみが、ぶつかった時。これが多分初めて、すれ違いが表立った時やった。



そん後すぐに光は、ワイにその中身を見せてくれて。そん中には五線譜の上を泳ぐオタマジャクシが、ようさん書きこまれとって。


「…俺な、昔っから曲作るんが好きで…暇があればこれに、自分で作った曲、書いとったんや」


そう言う光は、家族の話しとる時みたいに、穏やかな表情をしとった。

渡されたノートを、ペラペラとめくっていく。何曲分も、何ページにもわたってオタマジャクシたちは泳ぎ回っとって。タイトルとして書かれとる文字は段々と、歳を重ねるに従ってなんか、しっかりとしたもんに変わっている。きっとこれは光がずっと昔から…ホンマに子どもの頃からずっと、書き続けてきたもんなんやろう。これは光の、もうひとつの“記憶”であり“記録”なんやろう。


と、ノートを半分は過ぎたところで明らかに、作り途中の曲が現れる。それは途中まではしっかりと形作っておるんに、途中から消された跡が目立つように、なっとって。



「…それな、事故に遭う前に、作っとった曲なんや…俺、事故る直前の記憶も、曖昧になっとってな」



ワイの動きが止まったことに気付いた光が、ノートを覗き込みながら言う。その声色は前に、自分の記憶が13時間しかもたんことを告げた時のように、淡々としとって。でもどっか寂しいて辛いて、叫んどるみたいで。


「やからかな。何遍作っても、納得いかへんねん…事故る前の俺がどないな曲にしたかったか、全然見当つかん。どないな想いでこの曲書いとったんか、全く分からん…そう考え出したら、止まらんように、なってもうて…どうしても、この曲だけは完成させられんねん」


笑いながらそう言った光の身体を。
気付いたらワイは、思い切り抱き締めとった。


見た目以上に細い身体は、少し力を入れたら壊れてしまいそうで。それはまるで、今の光の状態を表しとるようで。


動揺からなんか、それとも不安からなんか、小さく震えとる細っこい身体を、しっかりと抱き締める。心臓が脈打つ感触が、リアルに伝わってくる。少し冷たいて思うてしまう体温も、ちゃんと伝わってくる。



あぁ、ひかるは、生きとる。生きて、ここにおる。



「…ひかる、一緒にその曲、完成させよ?大丈夫や、二人やったら出来るて…昔のひかるが考えとったんよりもえぇ曲、作れる」



それは何の根拠も理由も確信も、ない言葉。けどワイには、出来る気がしたんや。


ワイは音楽のことなん、何もわからん。学校の授業で習うたくらいで、あとは流行りの曲やってよう知らんし、クラシックとか言うんはもってのほかや。こんなワイがおったって、何の役にも立てんことくらい、わかっとった。けど、やけど。


二人やったら、出来るて。二人やったら、過去を越えられるて…二人で、ワイと光で過去を越えたい。そう、思うたんや。



宙ぶらりんになっとった、光の腕がワイの背中に回される。弱々しくやけど、その手はワイの背中を、掴んでくれて。



「…せやな。二人やったら、出来るかもしれへんな…」



おおきに、と。消えそうな声を紡ぐと。小さな頭をワイの胸に、押し付けた。こっちからはその、ワックス使うて立てられとる、真っ黒な髪の毛しか見えへんけど。きっとその髪と同じ色をしとる目からは、涙が流れ出とるんやろう。



やって、胸のあたりがめっちゃ熱いもん。
光の肩や背中が、小さくやけど震えとるんやもん。


その震えが少しでも収まるように。光が少しでも安心出来るように。



ワイは優しく、やけどしっかりと。その身体を抱き締め続けた。




こないにも誰かを愛おしいと、守りたいと思うたんは、
産まれてはじめてや。




それからどんくらい時間が経ったやろ。光の携帯が震え、彼と一緒に暮らしとるっていう人から帰って来いて、連絡があって。

やっと見られた顔は、目ぇが真っ赤に腫れとったけど。そのことには何も触れんでおいて。



「ひかる…約束やで。二人でその曲、完成させような」

「ん。約束や…二人で、完成させよう」



差し出した小指に、光の小指がしっかりと、絡められる。それを確認して顔を上げれば、笑顔の光がおって。ワイも釣られうように、笑っとった。



光の声は何となく枯れとって。いつもはぱっちり開いとる目ぇは腫れぼっくなっとったけど。




そん時見せてくれた笑顔は、今まで見た中でも、いっちゃん綺麗な笑顔やった。
この笑顔をずっと見ていたい。心の底からそう思うた。



こん時はすれ違いなん、いくらでも消せる思うとった。
そうするんには互いのこと、もっとよう知らんとあかんのに。



こん時のワイはもう、何でも出来るような気に、なっとったんや。








05 Togethe



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