レンズ越しに見える世界が、俺にとっては全てやった。
レンズ越しに見れば世界も、彩り豊かに見える気がしとった。


レンズ越しに見える世界だけが、俺の全てやと思うとった。




04 Utopia




「…ホンマ!ありえへんわ…なんで俺が、一人で、買い出しになん、行かなあかんねん…」


久しぶりに入った部室では、部活で使う備品(主にフィルムやら小道具やら)を買い出しに行く役に、いつの間にか決められとって…まぁ、何日も無断で部活サボっとった俺も、悪いんやろうけど。
ひきつった笑顔を浮かべた他の部員たちから半ば無理やり渡されたメモに書かれとる備品の量に、げんなりする。どう考えても、俺一人で持てる量とちゃうやろ…アレやな、嫌がらせっちゅーヤツやな、これ。

そないなことを思い、メモを眺めながら歩くグラウンド脇。運動部の連中の声が、響き渡っとる。


こんな暑い中、御苦労なことや。俺には到底真似出来んし、真似しようとも思わへん。

と、そんな声の中。




「よっしゃ!また部長のサービス決まったわ!」

「流石部長やなー相変わらず、綺麗なフォームやわぁ…」



一際大きな歓声が、耳に届く。


それがした方へと顔を向ければ、広がるんはフェンスに囲まれたテニスコート。この学校に通うようになって三年目になるが、目を向けるんは、初めてのことで。



「部長!ナイスサーブ!」

「ホンマ、部長は天才や!」



何面かあるコートの一つ…一番フェンスに近い、揃いのユニフォームを着た部員が群がっとるコートからまた、歓声が上がる。どうやらこいつらは皆、“部長”さんの応援を、しとるみたいで。

そない歓声上げられるほどのプレーをする“部長”さんが、ほんの少しやけど、気になってしもうて。


フェンスと部員たちの背中越しに、ラケットを振るうその人物へと、焦点を合わせた。


ラケットを握る手とは反対の腕が、真上に上げられる。その掌から投げられた球は、しっかりと握られたラケットの中心に当てられて。空気を切り裂くようなインパクト音が響いたかと思うと、打ち放たれた球はあっと言う間にネットを越え、相手コートへと、吸い込まれていく。

それを放った“部長”さんの動きは、まるで名画のワンシーンの様に華麗で。部員たちが感嘆の声を上げてまうんも、頷けた。


あぁ、何で俺は今、カメラを持っておらんのやろう。
こない絶好のシーンを、撮れんなんて…カメラマン、失格や。


その後も次々と、歓声を切り裂きながら放たれるインパクト音に、その都度俺の目というレンズに映し出され、記憶というフィルムに刻まれていく“部長”さんのプレイは。


ホンマに、綺麗で。心奪われる、もんで。


「部長!お疲れ様でした!タオル、使うてください」

「お…気ぃ利くやないか。おおきにな」


どれくらい、その場におったんやろう。試合が終わったんか、コートを囲んどった部員たちが、今は“部長”さんを囲んどる。

そん時初めて、タオルを受け取る“部長”さんの顔を、見た。
夕日に照らされてほんのりと橙色に染まる髪は、あれだけ動き回ったと言うんに汗で額に張り付きながらも、不快感は全くなく。吹き抜ける風に持ち上げられ、さらさらと流れる。ホンマはどんな色をしておるのやろうか。
ほんのりと上気した頬は弧を描く口角と共に持ち上げられ、柔らかい印象での笑みを作っておって。
細められた目はこちらになん向けられずに、自分を囲む部員たちにだけ、向けられとって。
その全てが、美しいと思うと同時に。


彼を…“部長”さんを撮りたいと。フィルムに残したいと。思うた。



こない何かを撮りたいと熱望したんは、初めてのこと。
カメラを持つようになってもう何年も経ったが、初めてのことやった。





***





光に会うようになって、もう一月が経った。

季節は暑いちゅーよりも肌寒いっちゅー表現が似合うようになってしもうて。その間に何度も会ってお互いのことを、話したりして。
ワイは光のことを、色々と知った。光にもワイのことを、ようさん知ってもろうた。


光はワイよりいっこ年上の十七歳で。三年前に遭うた事故のせいで、記憶障害を負ってしもうた。その事故までの記憶は普通にあるそうやけど、そっから後のことは、十三時間しか覚えてられんのやて。で、色々と支障があるからって、学校には行ってへんのやって。

いつも光が持っとるノートには、事故に遭うた後にあった出来事が毎日、びっしりと書き込まれとる。これが俺の記憶なんやって光がよう言うとるけど、それはホンマのことで。それを読み返すことで光は、過去にあったことを、記憶に留めとる。
忘れたないこと、次の自分に伝えたいことは何度も毎日毎日、書き返しとるから。眠ってしまう前に何度も何度も思い返すから。やから忘れんでおられるんやって。そうやってワイのことも、覚えてくれたんやって。言うてた。


時々やけど、ノートを見て光は寂しそうな顔をする。
その理由を聞いてみると、覚えとらん名前が出て来るんやって。名前を見ても顔も声も、何も思い出せんのやって。その相手は自分のことを覚えてくれてるんに、自分だけが忘れてまうんが、怖いんやって。


何度も会う内に光は、ワイに色々なことを話してくれた。
それは光本人とその家族や親近者しか知らんことで。そないなことまでワイに教えてくれるってことに…光と近付けたような、気になっとった。光のことなら何でも知っとるような、気になっとった。




そんなん、幻想でしかないんにな。



例えどない親しい人であっても、相手の全てを知ることなん、不可能なんにな。









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