言葉の重みなん、人それぞれやってことは分かっとる。
やけど一遍言葉にしてもうたもんは、決して消えることがない。
過去が消えんように、言葉やって消えん。
例え頭ん中からなくなってしもうても。絶対に、消えんもんなんや。


それがその人にとって、大切な言葉やったら尚更。




03 Ascent




光に会ってから、ワイはあの廃駅に行ける日を、心待ちにしとった。

やけど運が悪いんか、それから三日間はずっと部活があって。いつもやったら楽しみでしゃーない部活が、こん時ばっかりは憂鬱やった。そのせいで練習にも全然身が入らんで、部長や先輩らに怒られてしもうたけど。それでもワイは、早うあの場所に、行きたかった。


何でか分からんかったけど。
早う光に、会いたかった。






「ひかる!久しぶりやな!」


初めて会うた日からちょうど四日後。ワイは再びあの廃駅のベンチに座って本を読んどる、光に会うた。
その姿を遠目に認めただけで、何や嬉しなってもうて。小走りやった歩調を一気に早め、光が座るベンチへと駆け寄った。

すぐ傍まで駆け寄り声を掛けると、ずっと膝の上に置いとった本に向けられとった顔が、上げられる。そん顔はこの前見た時とちっとも変らんで、相変わらず白うて、真っ黒な両目がワイを捉えた。



途端、突き抜けたのは違和感。



なんで?なんで光、そないな顔、しとるん?
なんでそない、知らん人間見るような顔、しとるん?


その両目は相変わらず真っ黒で。やけどそこにあったはずの輝きが、全くなくなってしもうてて。

ワイを見ても光は表情一つ変えず、何もなかったみたいに本へと視線を戻すと、ぱらぱらとページをめくった。そんな光にワイは、何も言えんで。ただその場に立っとることしか、出来ひんで。


風が吹き抜ける。
その風は光の髪の毛をさらさらと、持ち上げて。そん時ちらっと真っ白な額に引き攣ったような痕があるんが見えたけど、それを深く気にする余裕なんなくて。
その風がそのまま、ワイの横をすり抜けて行く。



パタンと、厚めの表紙を閉じる音がする。



「ひょっとして…自分が、遠山金太郎なんか?」



それから控えめに紡がれたんは、耳を疑うような言葉。



何?何を言うとるん?そんなん当たり前やん。ちょっと前にここで、一緒に色々…ちゅーほどやないけど、喋ったやん。ワイのこと見て、笑うてくれたやん。

色んな想いが、頭んなかでぐるぐると渦巻く。眉間に皺が刻まれてくんが、見んでもわかる。ワイ今きっと、めっちゃ変な顔しとる。


そんなワイを見て、光は困ったような顔をしてみせて。そないな顔、させたい訳やないんに、どうしていいかなん、全然分からんで。何か言わんとて思うて口を開くんに。カラカラに乾いてしもうた喉からは、何も音が出てこん。そうだとも、違うとも、そない簡単な言葉すら、ワイは出せん。



「……すまんけど俺、覚えとらんねん……正確には、覚えてられへんねん」




ワイが言葉を発するよりも早く、光から申し訳なさそうな表情と一緒に言われた言葉。
その意味がワイには、全然分からんで。



「…記憶が、十三時間しかもたんのやって。やからこれに、毎日あったこと書いて、それを忘れてもうたあとの俺にも、引き継いでいっとるんやけどな」



膝に乗せられとった本を、こっちに向けて持ち上げる。よう見てみるとそれは本やのうて、一冊のノート。目が覚めるような赤い色をした表紙の、文庫本サイズのノート。ぱらぱら捲られて見えたページには小さな少し癖のある字でびっしりと、何かが書き込まれとって。



「これが、俺の“記憶”なんや…四日前の俺は、金太郎に会うたこと、色々なこと話して笑うたこと、それが全部、めっちゃ楽しかったて、書いとる」



そう、ホンマに本を読むみたいに記録された“記憶”を読む光は、無表情で。淡々と…て表現が、似合う、そないな雰囲気で。

ホンマにひかるなん、なんて。思わず言うてしまいそうになる口を、きゅっと閉じた。

言うたらアカンて、思うたから。言うてしもうたらもう、光に会えへん気が、したから。



「…やけど、自分はひかる、なんやろ?」

「そうやな。こうなってまう前の記憶はちゃんとあるんやから。“光”を形成する要素は、ちゃんと揃うとる」


まぁ、お前にとっての“光”とは、ちゃうかもしれんけど。そう続けた光の顔は、どっか寂しそうやった。言葉では平気なように、何でもないように言うとるけど。やけど平気なわけなん、ないに決まっとる。


忘れられてまうんも、寂しい。
やけど、楽しいてことを忘れてもうたことのが、もっと寂しい。


光の顔を見とったら、そう思うて。
そんな光のことをもっと知りたいて。もっと一緒にいたいて、思うて。









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