幸せっちゅーもんは、とても儚いもんで。
それでいて何かの犠牲の上に、成り立っとるもんで。
その幸せを掴むために、俺がしたことは許されることなんか。それとも許されんことなんか。

それに応えてくれる人は、誰もおらん。


ただその瞳を逸らすことなく、俺に向けるだけなんや。





02 Even if





「けーんや、まだ寝とるんか?もう夕方やで?」

「ん…くらの、すけ?」

「せやでー引き籠りな忍足謙也君の為に!わざわざプリントを届けに来たった上、食いモンも持ってきた、蔵ノ介君やで?」


いつもの様に学校にも行かず、引き籠っている幼馴染の元へと甲斐甲斐しく、学校での配布物やわざわざ作ってきた料理を届ける。俺が好きでやっとることやから、見返りなん、求めてないけど。


「マジか!おおきになぁ!!」


横になっとったベッドから勢いよく起き上がると見せてくれた満面の笑み。太陽みたいな笑顔。

それが見られるだけで、俺は満足やった。
それを一番傍で見られるだけで、俺は満足やった。





謙也は物心着いた頃からずっと傍にいる、所謂“幼馴染”ってヤツで。俺と謙也と、それから今はここにおらん俺らの“弟”の三人は、何をするにもいつも一緒。喧嘩するんも仲直りするんも、ずっと一緒やった。
謙也の机の上に飾ってある写真にはその頃の俺たち三人が、笑顔で写っとる。その時の出来事がすぐに思い出せるくらいに、記憶はどれも鮮明や。ちっとも色褪せん。

ずっとずっと、一緒に笑うとった。一緒に成長してきた。



それは高校生になった今でも変わらへん。ただ弟がおらんようになってしもうただけで。俺と謙也の関係はちっとも、変わってへん。


進みもしなければ、戻りもしない。ずっとそのまま、そもままでいる。


ちょっと変わったことと言えば、謙也が趣味で描いとった漫画が何や賞を取って。こうやって学校にも行かんと、何日も原稿と向き合うようになってまったことくらい。そんな姿は、俺らの先頭を駆け回っとった頃からは想像出来んけど。学校でも一緒に過ごせへんのは、寂しいんやけど。



「おー今日は肉じゃがやな。独身男はイチコロやで!って、俺も蔵ノ介も、独身男やな」


こうやって、俺だけの前で屈託なく笑うてくれるんは、嬉しいこと。


こないな笑顔見てもうたらきっと、皆が謙也のことを好きになってまうから。
俺と同じように、謙也に惹かれてまうから。
それは避けなアカンこと。このまま…この心地よい関係を続ける為にも、避けなアカンこと。


俺以外が謙也を好きになって、俺以外にこの笑顔が向けられるなん、絶対あってはならないんや。





ガツガツと、目の前で俺が作って来た食事を美味そうに食べている謙也を見て、いつも思うこと。

誰にも…謙也本人にも伝えられない、俺の想い。この関係を保つ為にも、伝えてはならない想い。


それを抱えながら俺はまた明日も、こうやってこの部屋に来るのだろう。
謙也が高校に入ってからずっと、一人で暮らす部屋。ワンルームの、西日が眩しいマンションの一角。謙也の匂いで満たされた…謙也の家族以外は俺しか入ったことがない、この部屋に。



それだけで、幸せだった。
それだけが、幸せだった。







「ん…なんやこれ?」


用意した料理を綺麗に平らげ、御馳走さんと、また笑顔をくれて。その笑顔に胸の奥が痛むことを感じながらも、俺以外が使うことが殆どないキッチンを借りて、洗い物をする。

その後ろで、俺が持って来たプリントの束を漁っていた謙也が出した間抜けな声に、蛇口を捻り振り向く。その手に持たれている紙に書かれているのは、進路調査面談の文字。つまりは謙也に学校に来いと、言っているもの。

そう言えば、謙也の担任がこのまままやと出席日数足りんで、留年になってまうって、言うとった。進路調査っちゅーんは勿論やろうけど、きっとその話もするんやろう。



「あちゃー…明日かぁ…まぁ締め切り済んどるし…たまには学校、行くかぁ」


水気を切った皿を拭き終える頃には、謙也はプリントを読み終えとって。壁に掛けてある○やら文字で埋め尽くされとるカレンダーを見ると、そう呟いて。



「蔵ノ介。久しぶりに一緒に学校、行こうな」



そして当たり前のことを、俺の大好きな笑顔と一緒に言うのやった。




ずっとずっと、好きやった。何がきっかけになったかなん、分からんくらい前からずっと、好きやった。
もう俺の細胞の一つひとつにまで、謙也を愛おしい想う気持ちは埋め込まれていて。それは例えその細胞が死んだとしても、新しく生まれ出ずる細胞にも、刻まれていく。


これはずっと続くこと。誰にも知られることなく、続いていくこと。




明日迎えに来てな、とクローゼットから制服を取り出しながら紡がれた言葉に、当たり前やろ、と俺は答えた。その顔はきっと今まで誰にも見せたことがないくらいに、幸せそうに歪められていたのやろう。




謙也がこちらを向いてへんでよかった。こんな顔をしとったら、いくら鈍い謙也と言えども何か感じとってまうやろうから。

俺の気持ちは、知られてはならん。この関係を守っていくためにも、この幸せを守っていくためにも、知られる訳には、いかんねん。



それと。今あるこの幸せの下に、大きな犠牲があったことを、俺は忘れたらアカンねん。










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テーマ「人外ファンタジー」
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