「俺やのうて俺の兄貴がな、テニスやっとんねん。めっちゃ強いで」 兄ちゃんの話をするその目は、真っ暗なんにどっかきらきらしとって。声もさっきまでの低いもんから浮ついたようなもんに、変わって。 「…自分、兄ちゃんのこと、めっちゃ好きなんやなぁ」 「べ、別に兄貴のことなん、好きちゃうし!」 そんな様子から、思うたまんまのことを言うたら。凄い勢いで否定されてもうた。 おかしいなぁ、絶対兄ちゃんのこと、好きやって思うたんに… 声を荒げたからなんか、真っ白やった頬っぺたが少し、赤くなった。 あ、かわえぇかも。 「ちゅーか、こないなところで練習なん、出来るんか?」 「ん、ラケットとボールがあれば、どこでも出来るで。壁打ちとか、トス上げとか」 暫くして落ち着いたんか、頬っぺたの色が元通りになった頃。くるりと辺りを見渡してから言われた言葉に、今度はちゃんと答える。 そう思うんも当然やろ。やってここにあるんは、この子が座っとる木製の、三人も座ればいっぱいになってまうようなベンチが数台と。それとベンチと同じように木で出来た駅舎だった建物だけ。ホームやった場所はコンクリートで固められとるけど、幅はそない広うない。すれ違うんがやっとって感じや。 ホームやった場所の下にはちゃんと、線路だったもんがあるけど。それもずっと続いとるもんやなくて、途中で途切れてしもうてて。あとは廃材が散乱しとるだけや。 聞いた話なんやけど。この駅はとっくの昔に…それこそワイが産まれるよりもずーっと前に、閉鎖されてもうてて。ホンマやったらこの場所に新しい駅を造るはずやってんけど、何や大人の事情?っちゅーヤツが色々あったせいで、線路ごと今使われとる駅の方に移ってしもうて。そらからはずっと…耐えられらんくなるくらいに長い時間、こうやってほったらかしに、されてんねんて。 そんな場所を見つけてから、ワイはここを秘密の練習場所にしとった。そりゃ、出来ることは限られとるけど。コートやグラウンドのんがきちんとした練習が出来るんやけど。せやけど自分一人の場所っちゅーもんが欲しくて。この半年とちょっとの間で、ワイはここで出来ることを色々と見つけて。それを続けて来た。 それを身振り手振りも交えて話すと、その子はまた表情を柔らかいもんにして。 「ふーん…自分、頑張っとるんやな」 て、笑うてくれた。 何やわからんけど、めっちゃ嬉しくって。 「お、おおきにな!」 思わずその子に駆け寄ると、顔と一緒で真っ白なその手を、握ってしもうた。 初対面の相手に何やってんねん、ワイ。慌てて手を離すもそれっきり、その子は黙ってもうて。居た堪れんくなって、顔を伏せる。そんまま続いた沈黙が、その子が怒っとるんやって、言うとるみたいで。 てっきり怒鳴られでもするんかと思うたら、帰って来たんは小さな笑い声。 「…自分、おもろいヤツやな…誰かとこない喋ったん、久しぶりや」 恐る恐る顔を上げると飛び込んで来たんは。 ホンマに楽しそうに笑うとる顔やった。 釣られるようにワイも笑って。そんでもって胸の奥で聞こえた音には、気付かんフリをした。 そこは、ワイの秘密の場所やった。ワイだけの、場所やった。 せやけどその日は、先客がおった。 「…そういや名乗ってなかったな…俺、光言うねん」 「ひかるか…よろしゅうな、ひかる!…その、また会えるん?」 「多分、な。金太郎がここに来るんやったら、その内また会えるやろ…俺、ここ気に入ったし」 「そか!じゃあまた、会えるな!」 もう一度握った手は、最初ん時には感じんかった温もりが伝わってきた。 それがワイと、光の出会い。ほんの数十分の会話やったけど。ワイにはずっと忘れられへん時間。 「そんじゃあひかるー、またな!」 「ん…“また”な」 夕方になって。いい加減帰らんと怒られる思うて。めっちゃ後ろ髪引かれる思いやったけど、迎えが来るまでここにおるっちゅー光を置いて、一人帰るワイの背中を。 光はずっと、見送ってくれた。 その手には小さな本だけが握られとって。 ラケバを掛けた腕をぶんぶんと振り続けるワイに、小さく手を振ってくれた。 夕日が綺麗な、日のことやった。 そん時のことを、ワイはずっと忘れへん。 何があってもワイは、絶対に忘れへん。 02 Even if |