彼と彼らの日常。01






そこは、ワイだけの秘密の場所やった。



とっくの昔に閉鎖されてしもうた駅。そのホームは、立てつけは悪かったけど。それでも簡単な壁打ちには耐えてくれたし。訪れる人間もワイ以外おらんその場所は、一人になりたい時にはそんなワイの欲求を満たしてくれた。

高校入ってすぐに、この場所を見つけて。それから半年とちょっと、部活がない日はずっと通っとった。


そこは、ワイの秘密の場所やった。ワイだけの、場所やった。



せやけどその日は、先客がおった。
その子…多分ワイと同じくらいなんやろう、背は大して変わらへん…は、いつもワイが荷物を置いておく木製のベンチに腰掛け。静かに、手にした本を読んどった。



その姿に、一瞬で引き込まれた。


そうなってしもうたことになん、気付かんうちに。



それはほんの数十分にも満たない出来事。
せやけどそれがワイと光の、出会いで。



そして全ての、はじまりやった。






01 Being






「…何や用?」



ずっとワイが見つめてたせいか。それとも驚いたせいで持っとったラケバを落としたせいなんか。その子は伏せていた顔を上げると、こっちを向いた。


テニスばっかしているワイとは違うて、その子の肌は真っ白で。真っ黒な髪の毛と肌の白さが対比しとって、綺麗。男相手に綺麗なん、言うたら怒られるかもしれへんけど。ワイには綺麗って表現しか、思い浮かばんかった。
じっとワイを見とる目も、髪と同じように真っ黒で。よく小説とかにある、見とると吸い込まれそうな目って、こういうんを言うんやないかな。


「…何とか言うたら、どうなん?」


そのままぼさっと、向けられた顔を見とったら。呆れたように溜息を吐かれてもうて。それからもう一遍、出された声。
ワイより低うて落ち着いとって。そんでもってどっか、居心地えぇ声。


そんなこと、考えとったらもう一遍、溜息。



「あ、ワイ遠山金太郎言うねん!ここでいっつも、テニスの練習、してるんやけど…人に会うたの、初めてやったもんで…」


それに弾かれるように出したワイの声は、裏返ってもうて。それだけやのうて最後の方は段々と、尻つぼみになってって。いつもの自分からは、考えられへん有様。

ワイがそないなこと考えとるなんて、ちっとも思うてへんのか。その子はじっと、真っ黒な目をこっちに向け続けて…せやけどその目が見とるんはワイやのうて、ワイの足元にある、ラケバで。


「…お前もテニス、するん?」

「へ?…“も”てことは、自分もテニスするんか!?」


ラケバから上げられた視線とワイの視線が絡む。それから紡がれた言葉に思わず、質問で返してしもうた。

やって、ちっとも想像出来んかったんやもん。この子がお日さんの下で、ラケット片手に走りまわっとる姿なん、全然想像出来んかったんやもん。


そん時のワイの顔がどんなもんやったかなん、鏡なんてなかったんやし、ワイ自身に分かるはずないんやけど。せやけど後で聞くと、あまりにもワイが間抜けな顔しとったもんで一気に緊張が解けたんやと。


太陽に照らされた顔が少し、柔らかくなった。








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