せかこい。05





「あーもう!まどろっこしいからはっきり言うわ!認めました!…俺、白石蔵ノ介は財前光んことが好きです」



試合中にも滅多に見せんくらいに、真剣な顔をして。その顔を真っ直ぐ、俺に向けて。


俺を好きだと、言ってくれた。ずっと好きだったぶちょーが俺を、好きって言ってくれた。


こんな、こんな夢みたいなこと……夢?そういえば俺、さっきぶっ倒れたんだよな?で、今まで保健室のベッドの上で、ぐーぐー寝ていたんだよな?…と、言うことは。




「……嘘や」

「は?」

「あーアカンアカン、痛かったら夢やないなんて、嘘やったんやなー夢や、これは夢や。そうに決まっとる」

「嘘やないっちゅーねん!信用せぇ!」

「じゃあ証拠にこれ、飲んでください」



そう言って、俺は部活中ずっとジャージのポケットに忍ばせておいたモンを、ぶちょーに差し出す。


それは数日前から手配しておいて、やっと今朝届いたもの。ぶちょーに拒否られて放心にも近い状態だったのに、ぶっ倒れたというのに容器を割ることなく、大事に保管していたもの。
これさえあればぶちょーだって、俺のことを必ず好きなってくれる。そう確信して大切に、倒れた時ですら無意識のうちに守っていたもの。


「…なんや、この紫色したどろっどろした、刺激臭溢れるこの世のモンとは思えへん液体…液体か?これ…物体?…まぁ兎に角、これは何や?」

「青学の乾さん特製、惚れちゃうぽーしょんっすわー!これ、飲んでください。したらぶちょー俺んこと、好きになってまうんです。傍に置きたくてたまらんようになってまうんです。俺以外に目が行かんようになってまうんです。どうでしょ、素敵でしょ。トリセツにそう書いてあったっすわーささ、ぶちょー、ぐぐっとどうぞ!」

「ぐぐっとって!こないなもん、飲めるかぁぁあ!!ちゅーかこんなモン飲まんでも、十分好きやっちゅーねんん!」


星○徹のちゃぶ台返しよろしく(通じるんか?これ)、わざわざ両手で俺が渡した試験管大の容器を投げるぶちょー。そのぽーしょん手に入れるのに、俺がどれだけ努力したのかこの人はわかっているのだろうか。下げたくもない頭下げて、超丁寧なメールまで打って、やっと手に入れたというのに。そうしても俺はぶちょーに、好きになってもらいたかったのに。

そんなぶちょーの態度に、俺の中にまだまだいくらでも残っている不安やら疑いがどんどんと湧きあがっていって。



「…やっぱりぶちょー、俺んこと好きやなんて、嘘やったんっすね。夢っすわー夢…あーもう一遍寝よ。起きたらきっと、先輩らが慰めてくれるわーせや、謙也クンにぜんざいたかったろー」

「寝るな寝るな!」



最終的に全ては夢だと判断した俺は、ぶちょーと2人きりだということも構わず(だって夢やし)。再び手にした布団を頭まで被るとそのまま横になる。左手だけはぶちょー(夢)に掴まれたまま布団の外に出てしまっているが。寝て起きればきっと左手もちゃんと布団の中に収まっているだろう。
さぁ寝よう、せめてもっといい夢を見られるように、楽しいことだけを考えながら。



「…まぁ、しゃーないわな。これで、信じてくれへん?」



小さなため息の後に聞こえたぶちょーの声。それからカシャンと、金属がぶつかったような音がする。頭まで被った布団の隙間から見てみれば俺の左手首に嵌められた手錠。
それはぶちょーと口をきかんようになる前の日に、俺が付けていたもの。もう片方を嵌めてもらおうと、ぶちょーを追い掛け回していた、ユウジ先輩に貰ったもの。おもちゃだが一度鍵を掛けたら簡単には外れないという、優れ物だ。

そんな光る銀色の輪の先につけられた少しゴツめの鎖。その先に対になっているもう一つの輪。



そこには、ぶちょーの右手首が収まっていた。
俺のよりもちょっと太いぶちょーの手首に、銀色がよく映えていた。



「財前…好きやで。ホンマに」

「ぶちょー…俺もぶちょーのこと、大好きっすわ」



ちゃらっと音を立てて手首を持ち上げながら言うぶちょーの言葉に。俺も頷いて。
そんで鎖の分離れていた距離を縮めるように、その胸に飛び込んだ。何度も夢見た、これが彼氏の胸にダイブっちゅーやつやな、なんて思いながら。



暫くそうしていて。俺としてはこのままずっとぶちょーにぎゅってされていたかったけど、そう言う訳にもいかない。無情にも下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。


「さて。信じてくれたことやし。さっさと鍵外して戻るで。皆自分のこと、心配しとるんやからなー…て、あれ?俺、鍵どこ置いたっけ?」

「あぁ鍵っすか。もう離れられへんように、飲んじゃいました☆」

「の…飲んじゃいました☆やない!吐け!さっさと吐けえぇ!!」



背中を思いきり叩かれる。
あぁ、痛いなぁ。だけどこの痛みだって、今起こったことが全て現実だって教えてくれる手掛かりなんだ。


まぁしゃーないからこのまま行こうって、差し出された手錠で繋がれた手を。俺は躊躇いなく取った。
鎖がぶつかる音をさせながら、初めて歩いたぶちょーの隣。そこはずっと憧れていた場所。何をしてでも手に入れたいと切望していた場所。やっと立てたその場所から、真っ直ぐ前に向けられたぶちょーの顔を見て。



「ぶちょー」

「…何や?」



「ぶちょー、大好きっすわー」




繋がれた手に、力が籠った。
それだけでもう、俺は幸せだった。







辿り着いた部室では、もうとっくに下校時間だっていうのに皆が俺たちのことを待っていてくれて。そんで繋がれた俺の手とぶちょーの手を見て、それから2人の手首をしっかりと繋いでいる手錠を見て。ユウジ先輩と副部長はちょっと青い顔をしていたけど、他の皆は俺以上に嬉しそうな顔をして、おめでとうって言ってくれた。幸せになって、言ってくれた。



帰ったら甥っ子に言ってやろう。お前が言った通りだったって。
俺は一度信じることを止め掛けたけど。でもずっと王子様のことを好きでいたからちゃんと、王子様は俺のことを迎えに来てくれたって。幸せを俺のところへ、運んできてくれたって。




これって最高の、ハッピーエンドやんな。
ここから先、まだまだ色々あるだろうけど。だけど大丈夫。
俺たちが辿り着くのは、必ずハッピーエンドなんだから。





「…で、一体いつになったら手錠外れるんや?ユウジ、合い鍵とかあらへんの?」

「合い鍵も何も、鍵一個しかあらへんし。暫くそのまんまや。よかったな、財前」

「今日は光くん、白石んちにお泊りったいね」

「あかーん!光、嫁入り前にそないなこと…不潔や!」

「謙也君ったらぁ!純情ぶってこの野郎ww」

「謙也ぁ〜今時お泊りくらいでぴーぴー言うなや。ひかるかてもう、大人やで?」

「……婚前交渉はあまりお勧め出来んが……自分を大切にな」

「財前ー何や困ったことあったら、何でも聞きやー人生の先輩として、的確なアドバイスしたるで!」

「……ちゃんと親さんに連絡してから泊るんやで。心配掛けたらアカンよ」



だってほら、こんなにもえぇ人らに俺たちは囲まれているんだから!





「みんな、おおきにっすわ」







End.





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