せかこい。05 「…気ぃついたか、財前」 「……ぶちょー?……あーアカン、俺ついに幻覚見るようになってもうた…師範に念仏でも唱えてもらわななぁ…」 「幻覚やないわ、本物や!」 ぱこん!といい音が響く。途端、頭に感じた痛み。手加減してくれたのか、痛いと思うほどの痛みではなかったが、確かに衝撃があって。 それでも目の前には少し困ったような笑顔を浮かべたぶちょーが、長い足を組んで座っていて。 「むみーん…」 「って!何しとんねん!手ぇ離しぃや!」 「やって、夢やと思うたもんで…すんません」 夢か現実かを確かめるのに一番ポピュラーな方法…自分の頬を思いきり引っ張るを実行した俺の手を、慌てた様子のぶちょーが止める。ぶちょーが俺の手を取るなんて、夢以外の何モンでもないと思ったが、だけど止められる直前まで引っ張っていた頬はまだ、じんじんと痛みを訴えていた。多分赤くなっているであろうそこに、それまで俺の手を取っていたぶちょーの手が、伸びる。 途端、痛みとは違った意味で頬が赤くなることが、わかった。 「…痛いやろ。真っ赤になってもうて…もうこない馬鹿なこと、するんやないで」 「……はい」 今頬が赤いのは、ぶちょーが撫でてくれているからです。何てことは、絶対に言えない。 散々追いかけ回したりちゃんと“好き”って言ったりしたのに、それでも俺はいざぶちょーを目の前にすると、どうしていいのかわからなくなってしまう。 そんな俺を見てぶちょーは、今度は困ったようにではなく安心したというように、笑った。 その笑顔は俺が好きなぶちょーの顔ベスト5に入るくらい、きれーだった。 「……てか俺、頭叩いてもうたけど…大丈夫か?自分、部活中にぶっ倒れたん、覚えとる?」 その、何日かぶりに見られたきれーな笑顔がまた慌てふためいたものに変わって。俺の頭(さっき衝撃を感じた辺りや)を撫でる。 ぶちょーに頭を撫でられるのなんて、初めてだった。千歳先輩や師範はよくしてくれたけど、ぶちょーは遠くで眺めているだけだったから。そんなことをぼんやり考えながら、ぶちょーの言葉も反芻する。 あぁ俺、やっぱり倒れたんだ。意識が遠退いたのは気のせいじゃなかったんだ。 で、ようやく心に余裕が出来た俺はそこで、自分の状況を把握しようと努力した。 まず、目の前に足組んで座っているぶちょー。ジャージ姿ってことは多分、まだ部活時間内なんだろう。 んで俺。俺も同じくジャージのまんま。で、ぶちょーがパイプ椅子に座ってるのに対してベッドの上に座っている。あぁ、俺倒れて、保健室に運ばれたんだ。ようやくここまで、理解できた。多分俺を運んでくれたのは、師範か千歳先輩だろう。それか遠山か謙也クン。他はガタイ的に、若しくは体力的に無理だ、うん。で、人柄や人望といったものを差し引きしていって… 「お礼言わななぁ…師範に」 「そこで何で銀が出てくんねん」 「やって、俺んこと運んでくれたん、師範でしょ?師範以外にありえへんっすわー」 そうだ。師範以外にありえない。 あぁ俺、師範にお姫様だっこされたんだろうか。その様子、誰か写メってないだろうか。ちょっと見てみたいじゃないか。師範にお姫様だっこ。ヤバい、めっちゃ萌える。クラスの師範ファンな女子共に自慢できる。 「阿呆、俺や俺!自分のことここまで運んだん、俺やっちゅーねん」 「は?」 「やから、感謝する相手は銀やのうて、俺や」 ほれ、感謝せぇと、手を広げてみせるぶちょーの顔を、思わずガン見してしまった。 考えてみればそうだ。師範が運んでくれたのなら、今俺の目の前にいるのは師範のはずだ。ぶちょーはそんな、運ぶだけ師範に運ばせて、後はいいところ取りのように座って俺が目覚めるのを待って、いかにも自分が運びました!何てアピールするような人間じゃ、ない。 えと、じゃあアレか?師範じゃなくてぶちょーに、俺は運ばれたんか?その… 「ちゃんとお姫様だっこで運んだったでー背負うたろうかと思うたんやけど、小春らが煩ぁてなぁ」 「何で俺の考えとることがわかるっすか!」 「やって自分、全部声に出とったし」 うっわ、どうしよう。 まさか、だってぶちょーが俺のことを運んでくれたなんて。ちゅーか全部声に出ていたとか、ベタなオチだな…って、それは一先ず置いておいて。 そんな…そんな都合のいい展開、あるはずがない。だって俺、倒れる直前までぶちょーに拒否られてたんだし、面と向かってじゃないけど拒絶されたんだし。そんな奴のこと、いくらぶちょーが部長だからって、助ける義理なんかあったものじゃない。 だけどぶちょーが嘘なんて吐かない人だってことを、俺はよく知っていた。だってぶちょーのこと、ずっと見てきたから。ぶちょーに想いを寄せる女共なんかよりも、ずっとずっと。 でも、だからってまだ、ぶちょーの言っていることが本当だなんて、思えなくて。布団の隅をぎゅっと握って、そのまま布団を被って隠れてしまいたい衝動に駆られる。そんなこと、せっかくぶちょーと2人きりなのに勿体なくて出来ないけれど。 かと言ってホンマですか、なんて聞き直す根性もなく(やった嘘やーなん言われてもうたら、いくら俺でも立ち直れへん)。そのまま布団の隅を握ったり離したりすることしか出来なくて。 そんな俺を、ぶちょーも黙って見ていてくれたけど。小さく息を吐いてぎゅっと目を閉じたかと思うと、真っ直ぐ俺の方を見て。 「あー…その、小春に全部聞いたわ。それと、財前のこと怒らんで欲しいて」 「すみません」 「謝らなアカンのは俺の方や…ホンマはとっくに気付いとったんに。自分の気持ち認めようとせんかった。その結果、自分のこと追い詰めてしもうたんやな…堪忍な、財前」 そして頭を下げてくれた。 そんなことしないで欲しくて、頭上げて下さいって頼んだらすぐに上げてくれたけど。ぶちょーが頭を下げているところを見るのは、はじめてぶちょーを見た時以来かもしれない。ぶちょーのつむじ見るなんて、レア中のレアだ。写メっておけばよかった。あ、携帯部室だ、残念。 そんなことを先に考えてしまったせいで。ぶちょーの言葉の意味が全然わかっていないことに気付くのに、時間が掛かってしまった。あれ?ぶちょーは何で俺なんかに頭下げてくれたんだ?つむじを見せるため…じゃないよな。うん。 今度は口には出ていなかったようで。黙ったまんまの俺を見てぶちょーは小さく笑顔を作って、そして少し首を傾げる。それはきっと、俺に言いたいことがあるんだったら聞くでって、言ってくれているんだと思う。だから俺は素直に聞いた。何で俺に頭下げるんですって。頭下げるようなこと、しましたっけって。そしたらぶちょーは、驚いたように目を見開いて。気付いてないのかとか、俺のひとりよがりか、とか、謙也もびっくりのニブチンやなとか、好き勝手なこと言ってきて。 いくらぶちょーだからって、俺を謙也クンと同レベルのニブチンに見てもらっては困る。それを言ったら俺の気持ちにずっと気付いてくれなかったぶちょーの方がニブチンじゃないか。 そうやって暫く、お互い1人でぶつぶつと言ったあとで。俺のと違って色素が薄く柔らかそうな髪をかき混ぜるように頭を掻いてからぶちょーは。 → |