せかこい。03 その日から、色々なことがあった。好きになったきっかけを問われても、どれが一番の要因なのかわからないくらい、俺の生活はぶちょーで溢れていた。 ぶちょーにもっと見てもらいたくて、褒めてもらいたくて。俺はガラでもないのに汗水垂らしてテニスの練習に明け暮れた。多分人一倍…三倍くらいは練習したと思う。 天才だなんて言われたけど、そうじゃない。それだけじゃない。才能なんかじゃカバー出来ないくらいの練習を、俺はしたんだ。そんな努力の甲斐あってか、俺は同学年の中で唯一レギュラー入りを果たしたし、ぶちょーに近づくこともできた。 それまでの俺だったら絶対に、そんな誰かのために何かを…それこそ自分の体力を削る様なことをすること、なかったのに。いつの間にか、ぶちょーは俺の全てになっていたんだ。何をするにも、全てはぶちょーに見てもらうため、ぶちょーの横に立つためだったんだ。 そんな、ぶちょーに近づく度に大きくなる想い。 その想いに名前を付けてくれたのは、小春先輩。 「ズバリ財前ちゃん、恋してるでしょ!」 そんな俺の想いを否定しないばかりか、応援までしてくれた先輩たち。 「俺はいつでも、光の味方やで!」 「…小春が言うんやからしゃーないわ。力貸したる」 「大丈夫。光くんなら、きっと出来ったい」 「自分を信じなはれ。さすれば、ちゃんと道は現れる」 「……無理せんように、気ぃつけるんやで」 そして、遠山と先生。 「ひかる泣かすんやったらワイ、誰やって許さへんで!」 「ま、人生のセンパイとして?話くらいやったらいくらでも聞いたるわ」 本当に、嬉しかった。 正直に言わなくても自分があまりいい性格をしているとは思っていない。こんなに俺を応援してくれてる人たちにだって、生意気な口きくし、馬鹿にしたような態度だって取ってしまっている。そんな俺なのに。先輩らも遠山も先生も、ちゃんと見ていてくれた。俺のことを、見ていてくれた。だから俺のぶちょーへの気持ちにも気付いてくれた。俺に力を貸してくれた。 なら、俺の気持ちに唯一気付いてない、ぶちょーは? 先輩ら曰く「見ていればわかる」俺の気持ちに、気付いていなかったぶちょーは? 俺のこと、ちゃんと見ていてくれた? 「…なんや。ぶちょーは俺のことなん、見てなかったんや…」 そう分かってしまったら、渇いた笑いしか出て来ない。 あんなに、ぶちょーに少しでも近づこうと、少しでもぶちょーに見てもらおうと頑張っていたのに。 ぜーんぶ、無駄だったんだ。 あんなに追いかけ回したって、結局無駄だったんだ。 例え捕まえて二人きりになって、俺だけしか見えんようしたとしたって。 どんなに頑張ってもぶちょーが俺のことを、見ることはないんだ。 「…財前ちゃん、大丈夫?」 出かかった涙を、思い切り引っ込める。何か器用なことしてるなぁって自分でも感心した。だけど大丈夫ですって、笑顔を作ることには失敗してしまったようで。 「…そないな顔、せんの。無理して笑おうとせんで、えぇの。泣きたいときにはね、泣けばえぇんよ。泣けるときに、泣けばえぇんよ」 気付けば小春先輩のジャージを被せられて。その上から先輩が、優しく壊れ物でも扱うかのように、抱き締めてくれて。小春先輩だけじゃなく、他の先輩らもそこにいることが気配で分かったけど、誰も何も言おうとしないで。 ただ俺の、傍にいてくれて。 「…俺、人を好きになるんがこんなに辛いことやなんて…知りません、でした」 俺はぶちょーを好きになってはじめて、泣いた。わんわんと声を上げて、子どもみたいに泣きじゃくった。 それを先輩らは、ずっと見ていてくれた。俺が落ち着くのを、待っていてくれた。 「なぁ財前ちゃん…うちらに一つな、考えがあんねんけど…」 泣いて泣いて、もう涙も枯れ果ててしまったのか、もう嗚咽すら出なくなってしまった時。隣に座った小春先輩の口から出た提案。 頭に被せられたジャージの隙間から見えたその顔は、真剣で、そしてとても辛そうで、泣きそうで。きっと小春先輩以外の先輩らも、同じような顔をしているんだろう。俺のために、必死に悩んで一緒に苦しんでいて、くれているんだろう。 あぁ、もし俺が好きになったのがぶちょーじゃなくて、他の先輩だったら。 もう少し、幸せになれたのかな? だけど俺が好きになったのは、ぶちょーなんだ。ぶちょー以外の、誰でもないんだ。 「…うちらな、財前ちゃんには幸せになってもらいたいんよ。やからこの考え、聞いてもらえたら、嬉しいんやけど」 ねぇぶちょー。 俺はぶちょーのことが好きです。今でも好きです。 だけど…だから、ぶちょーに嫌われたくはないんです。 好きになってもらえなくてもいい。だけど、嫌いにはなってほしくないんです。 だから、だから。 「…わかりました。俺、やってみます」 「…ごめんね、財前ちゃん、ごめんね…」 さよなら、ぶちょー。 ぶちょーを好きになったこと、俺は後悔しません。 → |