せかこい。02




「あー…ざ、財前、な……か、かわえぇやん、か?あの、一途な感じが…うん…あぁ言う愛情表現も、ありやと思う、でー…」



掛けたのに、不自然な位置でそれを止めると。渇いた声でそう言う。

この時俺がもう少し精神的に余裕があったら。いつものように完璧聖書な白石蔵ノ介だったら。小石川の様子がおかしいことに気付いただろうに。残念ながら、この時の俺はただ最後の砦と思っていた小石川にまで否定されてしまったショックの方が大きくて。とてもそんなこと、気付けなかった…

そう、俺の背後にある窓にべったりと張り付いた財前が、目を見開いて中の様子を眺めていたって、ことにも。



「だぁぁ!小石川までそないなこと言うんか!どこがかわえぇねん!あない人んこと追いかけ回す奴が!?あないピアスじゃらじゃらしてぱっと見不良みたいな奴が!?ネット廃人よろしゅう睡眠時間削ってまでパソコンいじってるような奴が!?」



その財前の顔が、みるみる内に曇っていった、ことにも。



「もう俺には逃げ場はないんか!?このまま財前に、捕まるしかないんか!?…いやや、そんなん、絶対にいややぁ!どうせ捕まるんやったら、可愛くなくてもえぇから、女の子の方がえぇわ!」



そしていつの間にか、泣きそうな顔をしながらその場を離れていたことにも。



俺は自分のことしか、見えてなかった。
俺は自分の物差しでしか、見ていなかった。
誰もが俺と同じ考え方をしているわけじゃないってことくらい、知っていたのに。


今までのことで蓄積に次ぐ蓄積を続けていたストレスを全て吐き出してしまうように、尚も財前への不満をぶちまけ続ける俺を置いて。顔を白くした小石川が部室から飛び出していく。
その顔が本当に必死そうだったのに、そのことにすら俺は気付かないで。
いや違う、気付いていたのに、興味がなかっただけなんだ。小石川がそんな顔をしている理由も、急いで飛び出して行った理由も。


自分のこと以外、何も興味が持てなかったんだ。



「財前!さっきのんは…」

「…わかっとります…あれが、ぶちょーの本心、なんでしょ?」

「そうやのうて!…白石かて、悪気があってあないなこと言うた訳やのうて…」

「悪気がないんやったら、尚更本音ってことっすわー…わかっとったことなんっすけどね…やっぱ、ぶちょーの口から直に言われると、キツイっすわー…でも、好きなんです。ぶちょーのことが、それでも好きなんです」



未だ毒を吐き続け、デトックスや!とか言っている俺のせいで、1人の後輩が泣きそうな顔をしていることにも。それでも俺を、好きだと言ってくれていることにも。

何一つ、俺は気付いていなかった。気付こうとしなかった。



「…ぶちょーは、そない俺んこと、嫌いなんですか…俺やったら、アカンのですか?」



財前の声が俺に、届くことはなかった。


届くはずがない。だって俺は、聞こうとしてなかったのだから。呑気に自分以外誰もいなくなった…そう、誰も俺と違うことを言う奴がいなくなった部室で、リラックスのためや!とか言いながらヨガをはじめていた俺は。

自分の物差しで測れない言葉なんて、聞く気がなかったんだ。認めようと、しなかったんだ。




次の日から、財前が俺を追いかけ回すことはなくなった。部活中も近寄ってくることはなくなった。
他の連中が心配そうにしているのを尻目に、俺はただその事実を喜んでいただけだった。ようやく財前がまともになったんだと。やっぱり俺が正しかったのだと。




ただ、喜んでいたんだ。










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