せかこい。02 ちょっと様子がおかしくても「春だから」って言葉で終われる時間は終わった。 ちょっと行動がおかしくても「夏だから」って言われて納得できる時間も終わった。 ならこの後輩の変化は、一体なんなんだ? 第二話 Over the Distance 「助けてくれ!小石川!!」 試合でも滅多に見せないくらいの全力疾走で、部室に飛び込む。 中にいるのは、コートに姿を見せていなかった唯一の…唯一の常識人、小石川だけだ。俺にとっての最後の砦、それがこいつだ。 突然部室に飛び込んできた俺に目を見開きながらも、コートの方から聞こえて来る声に状況を察知したのか、小石川は黙って俺を匿ってくれた。 コートでは…思い出したくもないが、うちの天才の1人、2年の財前が虫取り網片手に、もう片方の手には手錠を持って俺を探し廻っている。恐ろしいことに、それに俺と小石川以外の部員全員が協力をしているということで。 「光くーん!こっちにはおらんとよー」 「財前はん。校舎の方にも、おらんようだったが…」 部内でも1・2位を争う良心の塊であるはずの、銀と千歳まで財前に協力している有様だ。 今も練習時間だというのに、全員で俺を捕まえて財前の元へ差し出そうと、走り回っている…くそ、普段の部活でもそれくらいやる気見せろや。と、ついぼやきたくなるほどの真剣さ。 昨日は投げ縄よろしく、輪にしたロープを振り回しながら追いかけられたし。その前はコートにデカイ落とし穴掘られて、落とされかけた。 今まで、そりゃ可愛げはなかったが、財前は俺に反抗的な態度を取ったことはなかったし。ましてや危害なんて加えられたことはなかったのに。一体何がどうなっているというんだ。 ほんと、つい最近からなんだ。財前の様子がおかしくなったのは。 それまではまぁ、少しはとっつき難い部分もあったが、指示には文句を言いながらも従うし、一度注意したことは二度と繰り返さない。部長である俺からすれば、物分かりのいい方に入ったし、問題ばかり起こす金ちゃんや千歳に比べれば手もかからない。そんな後輩だった。だったのに。 「…なんやねんなー…俺、何かしたか?」 必死に頭を捻っても、財前がおかしくなってしまった原因はわからない。そして部室の外で俺を探して走り回っている連中の声も足音も、止まない。 思わずため息が出てしまう。 あぁ、ため息一度吐く度に妖精さんが1匹(1人か?) 消えてしまうんだと言っていたのは、誰だったか。それから、ため息一度吐く度に幸せが一つ消えるとも聞いたことがある。それが全部本当だったら、ここ数日で俺、妖精何匹も消してるし、幸せだって一生分くらい、消えている気がする。それくらい、一生分のストックを使い切るくらい。最近の俺は、ため息を吐きっぱなしだ。 そんな俺を見て小石川は、苦笑いを浮かべながらもお疲れさんと、冷えたペットボトルを差し出してくれる。ちゃんと俺が好きな銘柄。うん、わかってる。流石副部長。 部活中だけならまだしも、休み時間に教室まで押し掛けてくる財前に、正直疲れていた。気付くと後ろに財前。なんて、ここ数日よく体験していることだ。 止めさせようと注意したし。それに財前が一番懐いている(であろう)謙也にも相談して注意してもらうようにと促した。だというのに、謙也の奴と言ったら。 「光か?かわえぇやん!あない一生懸命になって…えぇなあ白石は。あない愛されとって」 と、本心からそう思っているという笑顔で取り合ってもくれなかった。 可愛い?愛されている?一体誰がだ? 全く、謙也のニブチン具合はよく知っているつもりだったが、これまでのものだとは。一体どこに、好意を寄せている相手を落とし穴に落とそうとしたり、巨大な虫とり網持って追いかけたり、投げ縄使って捕まえようとしたりする人間が、いるというんだ。あいつ、鈍いだけでなく、世間知らずでもあるんじゃないだろうか?将来が心配だ。 だがしかし、そう言ってくる相手が謙也だけではない。となると、話は違ってくる。 小春やユウジはまぁ、置いておいて。銀と千歳までもが財前を可愛いと言い、自分たちは財前の味方だと言い張る。おまけに顧問までが(多分千歳に言われたんだろうが)、部活中に俺と財前を、意図的に二人にしようと仕向けてくる。 あまりにも鬱陶しかったもんだから、財前に一度その真意を聞いたことがある。その時彼は、頬を染めて「ぶちょーのことが、好きだからっすわー」と言っていたが…絶対に違う。本当に俺のことを好いてくれているんだったら、こんなことしない…と思う。 何だ?俺か?俺がおかしいのか?え?手錠持って好きな相手追いかけ回すのが流行りなのか?俺、ひょっとせんでも遅れてる?そう考えていたら段々頭が痛くなってきて。そのまま机に突っ伏せた。 「…なぁ小石川ぁ…財前って、可愛えぇんか?世間一般では、あぁいうことする奴が、可愛えぇんか?好きな相手には、あぁいうことするんが筋なんか?」 そのまま弱々しく目だけを小石川の方に向けて発した言葉。相変わらず困ったような笑顔を浮かべながらも、小石川は俺に向かって手を伸ばし… → |