彼と彼らの日常。20






「自分がちっさい頃から苦労して、我慢して、気ぃ遣うて生きてきたんは、分かった。やけど、それだけが原因やないんやろ?あの劇だけが、きっかけやないんやろ?」



それはとてもとても、優しい嘘。



「自分を…小石川健二郎をブチ壊してもうたんは、俺や。分かってんで…もう、最初から」



俺に罪悪感を抱かせない為の、嘘なんだ。

自分だけが悪いとして、俺に…俺たちに罪悪感を抱かせないようにと、彼が貫こうとした、嘘なんだ。だがお生憎様、俺はもう、分かっていたから。俺が小石川を、何が原因にあるにせよ、変えてしまった要因だっていうことは、分かっていたから。だからもう、嘘なんて吐かないで、欲しい。本当のことを、話して欲しい。

小石川の表情が、硬くなる。それから尚も何か言おうと開かれた口に、ゆっくりと首を振って。



「えぇんや、もう。庇うてくれんでも…分かっとるから。俺のせいやて、分かっとるから…おおきにな、俺なんかを、庇うてくれて……それと、守ってくれて、ありがとう」



忍足が教えてくれた。屋上から落ちたあと、彼らが駆け付けた先で小石川が、俺を守るように抱き締めて倒れていたのだと。だから俺は、下敷きになってしまった腕以外に目立った外傷がなかったのだと。
よく見なくても、足に巻かれたギブス以外にも小石川には所々、治療された跡があることに気付く。それは、俺にはないもの。彼に守られた俺には、ないもの。

女子が男前やーと囃したてている顔にだって、大きな絆創膏が貼られていて。勿体ない、と思いながらもそれが貼られている頬に、手を伸ばした。



「…こない怪我までして…ホンマに、ありがとう。小石川がおらんかったら俺、死んでたわな」

「それこそちゃうわ!そもそも、俺が軽率に飛び降りようなん、せんかったら…」

「ちゃうちゃう!そもそも、その原因を作ったんが俺にあるんやから…」

「ちゃうちゃうちゃうねん!俺が簡単に折れるような奴やったから、こないなことに…」

「ちゃうちゃうちゃうちゃうちゃーう!ってぇ!もうこない堂々巡り終いや、終い!」



何回違うと、言い合ったんだろうか。互いに相手を否定し合って、顔は真っ赤になって。そう言えばさっき医者に「血圧上がるようなことは、せんようにな」って言われたばかりなのに。あぁ、完全に血圧上がりっぱなしだ。

ぜぇぜぇと肩で息をしながら、真っ赤になった顔を見合わせて。一回、大きく深呼吸。
そして俺は、小石川の膝の上に置かれたままの、手を取って。



「今までのことは全部水に流して…ちゅーんは無理やろうけど。もう一遍、俺と友達に、なってください。そんでもう一遍、最初から始めてみぃひん?」



屋上で言いそびれた言葉を、伝えた。
小石川は一度大きく目を見開いてから、照れくさそうな表情をしてみせて。



「…こっちこそ、改めてよろしゅうな、白石」



俺の手を、握り返してくれた。
その顔に浮かべられているのは、小石川の“本当”の、笑顔だった。




「…さっきまでな、伯父さんに説教されててん。『どれだけ心配した思うとるんや、どれだけ大勢の方に迷惑掛けた思うとるんや。こない阿呆なことするとは、思うとらんかった』て…それでな、俺、ホンマに見捨てられてもうたんやって、思うてん…」


どれくらいそうやって手を握り合っていただろうか。何だかこちらから仕掛けておいてアレなんだが、恥ずかしくなってしまって。取り繕うように、石田さんとはもう話をしたのかと、尋ねてみると。


「せやけど違うた。伯父さんは、ちゃんと俺んこと見てくれとった…『せやけど、今まで手が掛かり過ぎんかっただけやな。これからはもっと、手ぇ掛けて欲しい…健二郎はワシの、ホンマの息子なんやからな』て、言うてくれたんや」


そう言うと小石川は照れ隠しのように、頬を少し掻いて。あーだのうーだの、煮え切らんような声を、出してから。


「…俺な、石田健二郎になるって、決めた。もう、なっとるかもしれんな。伯父さん…父さんが役所に書類、出しに行ったから」


この部屋に入ってきたときに小石川の表情が違った、一番の理由を知ることが出来た。
よかったな、小石川。本当の家族が出来て。そう言いたかった言葉は、溢れ出て来る涙と嗚咽によって、叶わなかった。全く、最近涙もろくて困る。
そんな俺に小石川は、おおきにって言いながら、柔らかい笑顔で頭を撫で続けてくれた。その手はとても、暖かかった。



小石川は、きっとこれから変わっていくのだろう。本当の家族がいることに気付けた彼は、きっと今までよりもずっと、強くなるのだろう。



だって小石川は一人じゃないから。俺も一人じゃないように、小石川にだって、素晴らしい友達がいるのだから。








***






「「二人とも、退院おめでとー」」



それからまた暫く時間が流れて。俺も小石川も退院していいとお墨付きを貰って。久しぶりに出た病院の外の世界…俺たちが暮らしていく世界には、光が満ち溢れていた。

入院中の小石川に付きっきりだった為に仕事が溜まってしまったという、実は某大企業の経営者だった石田さんと、薄情な俺の家族に代わって退院に立ち会ってくれたいつものメンバー。そして俺と小石川の顔には、笑顔しかなくて。


まるでここ数か月の出来事が、全部ウソみたいだった。



「白石〜退院祝いに、よかもんば見せちゃるばい…じゃーん!白石と小石川の横でぴーぴー泣いちょる、財前の動画ったい!」

「ぎゃー!!何でまだあるん!?消せ言うたやんかぁ!!!小春ちゃん、ユウ君、千歳がいじめる!!」

「「自業自得やろ」」

「あはは〜こりゃ、千歳の勝ちやな!」



千歳の携帯に撮られた動画では、確かに財前くんが目に涙を浮かべながら倒れている俺と小石川の名前を呼び、その身体を揺さぶっている。あ、かわえぇかも…


「…ちゅーか千歳。自分、俺と白石が大変な時に、何やってんねん…」

「ん?二人とも絶対に助かるって思っちょったばってん、たまには財前の弱みば握っちゃろうと…」

「さいてーや!こいつ、人間のクズやぁ!!」



小石川のツッコミに、のほほんと答える千歳。お前、どんな能力持っているんだ?
それより、何より。



「…千歳!その動画ちょーだい!転送してや!」

「やめろやぁ!!!」



暴れる財前くんを小春たちが三人掛かりで押さえつけている間に、赤外線機能を使ってゲットした動画は、ちゃんと保護設定を掛けた…まぁ、倒れてぴくりともしない自分たちが映っているのは、若干アレだが。そこは見ないようにすれば、いいだけの話。



友達と笑い、ふざけ合いながら歩く。
それはとても一年前の自分からは、想像出来ない姿。






小さい頃から人に褒められることが好きだった。
褒められる為に、完璧であろうと努力し続けていた。
そしていつの間にか“褒められるための自分”を作り出していた。本音を話せる相手なんて、家族しかいなかった。それだけでいいと、それが幸せだと、思っていた。信じていた。



そんな俺にも、友達が出来た。
そんな俺のことも、認めてくれる友達が出来た。



―――えと、白石君、やよな?

―――人違い言うたら、見逃してくれるんか?



些細なきっかけから出来た、この関係を。俺はずっと、大切にしていきたい。
彼らと未来を造って、いきたいんだ。





「白石ー!さっさとせんと、置いてくで!」

「ちょお待ちや!今行く!」



きっと俺たちの未来は、まだ見たことのない色に溢れていて、そして光輝いているのだろう。
そんな未来を、彼らと一緒に見てみたいんだ。






白石蔵ノ介、十六歳。
この年齢にして、生涯の友!と言える友達を得ることが出来ました。
これから先、まだまだ人生長いけれども。


友達のことは、大切にしていきたいと。
彼らと一緒にこの人生を歩んでいきたいと。



本気で、思っています。




そして最期は、あーおもろかった!って、笑い合いたい。
彼らと一緒に、笑い合いたい。



だからそれまでは、まだまだ人生、山あり谷あり、色んなことがあろうだろうけれども。
彼らと一緒なら何とかなるって、分かっているから。



皆で一直線、全力投球で駆け抜けて…な?








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