彼と彼らの日常。20





飛び起きれば、目に入ったのは真っ白な天井。
そして、小石川を追って屋上から飛び降りたはずの俺は、ぱっと見る限り無傷で。ベッドの上で上体を捻ってみたが、痛むところなんてなくて。



「…ま、まさか夢オチか!?え?どっからどこまでが夢なんやぁ!!まさかの第一話から全部俺の夢か!願望なんかぁ!?え?俺、めっちゃイタイ奴やーん!!誰かツッコんでやー!!!」
















「うっさいでー白石ぃ…廊下まで声、響いとるわ…いちおー怪我人なんやから、静かにしてろや」



頭を抱えて飛び起きたところで、部屋のドアが開く。
そこから姿を見せたのは、俺が想像だにしなかった人物で。


「え…?き、金太郎君?なんで君が?」

「やってここ、オカンが勤めとる病院やし」



目ぇ覚めたんやったら医者呼ばな、と。枕元に転がっていたボタンを押しながら、金太郎君は俺の顔をしっかりと、見詰めて。テニスの試合の時に見せていたような真剣な表情で。


「…今度ひかるんこと泣かせたら、承知せんからな」



皆のこと、呼んできたるわ。
そう言い向けられた背中は、俺より小さいはずなのにとても、大きく見えた。





「白石ぃ!気ぃついたんやってなぁ!無事か!」

「全く…皆、心配しとったとよ」



何がなんだか分からないまま、金太郎君が出て行ってから暫くして、廊下を走る音とその主たちを窘める声がしたかと思うと、飛び込んできたのは忍足と千歳。



「…ちゅーか自分、小石川と無理心中でもするつもりやったんか?あほくさー」



それから、財前くん。何となく、目元が赤いような気もしないことはない。そんな財前くんを両側から、忍足と千歳ががっちりホールドして。



「なんやねん光!自分、白石が無事で嬉しいんやろ?せやったら素直によかったーて喜べや」

「べ、別にそないなこと思うとらんし!」

「ほー…気ぃ失っとった白石と小石川の傍で、ぴーぴー泣いとったんは、誰やったと?」

「な、泣いてなんかないし!」



そのまま自分達より頭二つは小さい財前くんを覗き込むようにして、からかっている。…ちゅーか財前くん、泣いていたのか。そういえばさっき、金太郎君にもう泣かせるなと釘を刺されたっけ…て、俺のせいなのか?財前くんが泣いたのは、俺のせいなのか?



「…自分らが落ちたん、いっちゃん最初に見つけたん、光なんやで?まぁ、俺らも一緒におったんやけど。一目散に走ってって。んで、ぴーぴーと…」

「泣いとらんからな!」

「はいはい、あれは心の汗っちゃねー」

「ば、馬鹿にすんなや!」



ぽかんと間抜け面を晒していた俺に対し、忍足がいつものよりも何と言うか…慈しみ?みたいな色の濃い笑顔を向けると、財前くんと千歳のツッコミを交えながらもことの顛末を説明してくれた。


何でも、俺と小石川のことが心配だったらしい財前くんは、小春とユウジには絶対に止められると思い、忍足を誘って屋上へと様子を見に行ったらしい。忍足と一緒にいた千歳もなし崩しに同行することになり、三人で向かった屋上。そこではちょうど、小石川がその身体を宙に投げたところだった、そうで。



「せや!小石川は!?小石川は無事なんか!?」

「あー…ちょお待ちや、ちゃんと説明、するから」



次いで飛び降りた俺。
視界から消えた二つの姿に呆然とすることしか出来なかった忍足と千歳に、財前くんは「救急車呼べ!」と言い捨てると。身を翻して俺たちが落ちた場所へと、走って行った、そうで。



「自分らなぁ、奇跡的にも植木やら落ち葉やらがクッションになって、あない高い場所から落ちたんに、ほぼ無傷やったんやで?」

「ただまぁ…今日まで気ば、失っとっただけで…小石川はもう、目ば覚ましちょる。足の骨ば折ったばってん、元気っちゃ」

「…白石、自分かて左手、折ってんのやで…気付いとらんやろ。やーい、にぶちーん」


財前くんを追って辿り着いた落下地点…そこは校長先生の趣味だかで作られた、木々の生い茂る中庭の一画。そこに俺たちは重なりあうように、倒れていたらしい。校長先生には悪いが、彼が丹精込めて育ててきた植物たちを、なぎ倒しながら。

財前くんの言葉に左手を見ると、包帯がぐるぐる巻きにされている。特に痛みを感じなかったために気付かなかったが、どうやら折れているらしい。利き腕なのに、暫く苦労するな、なんて、思ったが。何より命あってのものだ、文句は言うまい。小石川も足の骨は折ったが、生きているというのならば問題はないだろう。そんなもん、生きていれば何とでも、なるのだから。


生きていれば、どうとでも治すことが、出来るのだから。



「く〜らりん!入るわよ〜」

「よ!白石。もうすっかり調子えぇみたいやな」



それから、医者を伴った金太郎君のお母さんが来て、簡単に診察を受けて。特に問題なしとのお墨付き出してくれると何点か注意事項を残していくと、医者と金太郎君のお母さんが、病室から出て行って。
入れ替わるように入ってきたのは、小春とユウジ。そして。



「…よぉ」

「こ、いしかわぁ…」




二人に押された車椅子に座る、何か憑きものでも落ちたような表情をした、小石川だった。






***






「…その、堪忍な。俺、どうかしとったわ」


後はお若いお二人で〜と、訳のわからないことを言った小春とユウジに押されながら、忍足たちが退散した部屋。残されたのはベッドに上半身を起こして座る俺と、そのすぐ横に置かれ、タイヤ部分をしっかり固定された車椅子に座る、右足をしっかりギブズで固められた小石川だけ。

音を立てずに扉が閉まると、暫く視線をさ迷わせていた小石川だったが、何かを決心したようにぎゅっと、膝の上に置かれた両手を握り絞めると。俺に向かって頭を、下げて。


「堪忍、なんて簡単な言葉で許されるなん、思うとらん。許して欲しいなん、思うとらん。せやけど、謝らせてはくれ…ホンマに、すまなかった」

「ちょ!止めろや!」



更に額を膝に擦りつけるように、深く深く、首を垂れた。そんな小石川の態度に俺はベッドから飛び降りると、顔を上げさせる。上げられた顔には、本当に申し訳ないという表情が浮かんでいた。


「…ホンマ、俺もまだまだやな…あない劇で…小春には悪いけど、作りモンの話に、揺さぶられるなんてな…そのせいで自分らに、迷惑かけてもうた。自分らだけやない、伯父さんにもや…何遍謝っても、足りんわな」


顔は上げられたが、その目が俺の目と絡むことはない。逸らされたそれは、不自然な方向しか見ていない。何となくだが、何も映していないんじゃないかと、思わされるような…あの時と何も変わっていないんじゃないかと、思わされるような、動きで。


「何やかんだ言うて、自分が言うとった通りに…俺、我慢しとったんやろうな。それが、あの劇観た時に、爆発してもうたんや…ホンマに俺、どうしようもな…」

「ちゃうやろ」



尚も自分を責め続ける…自分だけが原因だと責め続ける小石川の言葉を、遮る。
小石川がもうあの時の、屋上のような状態ではないことは、わかった。だけど、だから。小石川が俺に、嘘を吐いていることが、分かってしまった。











「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -