彼と彼らの日常。18





「ぼさっとしてんなや。今自分に出来ること、考えろ」


俺に出来ることなんて、まだあるのだろうか。


「…なぁみんな、頼みがあるんやけど…」


もしまだあるのなら、それを全力でやり遂げる時なんだ。






第十八話 石田銀の苦悩





小石川が、学校を休んだ。



そんなこと知り合ってからは勿論、小春の話によると中学時代からも、初めてのことであって。
心配はしているものの、昨日あんなことを言われたあとで大分気まずかった俺に代わり、財前くんが小石川の携帯に電話を掛けてくれた。



「…駄目や。電源、はいっとらんわ」


しかしそれは、繋がることもなく。一応メールも送ってみたが、この様子だと返事は来ないだろう。


数日前まえは笑い声が絶えなかった屋上に、今漂うのは重い空気。空は相変わらずの晴天だというのに、俺の心は雲で覆われたまま。
そして小石川の言葉が、引きつったような笑顔が、離れなかった。



「…俺と違う。かぁ…何を思うて小石川はそないなこと、言うたんやろな」



すっかり皆、黙りこんでしまった中、呟くように紡がれた忍足の声。
それは昨日…小石川にさよなら、と、言われたあと。小石川と入れ違うようにやって来た皆に、俺が告げた言葉。小石川がふと、呟いた言葉。まるで確かめるかのように、紡がれた言葉。



―――自分は、俺と違う。



それが俺を蔑ずさんで言った言葉だったのか。それとも彼自身を卑下して言った言葉だったのか。
その真意は、俺には分からない。分からないけれども。


「…あん時の小石川、ホンマに辛そうな顔、しとったんに…なのに俺、また何も、出来んかった…」


そんでもって、今やって何も、出来んでいる。
三角座りをしていた俺は、膝に額を押し付けて。目を、瞑った。

ホンマに不甲斐ない。昨日の俺も、今までの俺も。そして、今こうして何も出来ない、俺も。


俺は小石川に出会って、小石川に本当の俺を見つけてもらって、それから周りのも素の自分を見せるようになって、友達も増えて。
最初はただ、憎かったんだと思う。俺が持っていたものを全て奪ってしまった、小石川のことが。

そして次に感じたことは、対等に見られたいという想い。隣に立ちたいという、想い。
だから友達になろうって言われた時、すごく嬉しくて。だって俺にとっての“友達”って、ずっと薄っぺらいもので、あってもなくても変わらないもので、ただ人脈を広げる為の手段でしかなくて。



小石川に出会ってからだ。家族以外の人間と休日を過ごすようになったのは。
小石川に出会ってからだ。家族以外の人間と大声で笑い合うようになったのは。
小石川に出会ってからだ。家族以外の人間のことを、本気で心配出来るようになれたのは。



みんな始まりは、小石川だったんだ。
俺にとって小石川は、大事な友達で、尊敬できる相手であって、そして、そして…



「…やったらこないなところで、ぼさっとしてんなや。今自分に出来ること、考えろ」



げしっと、伏せたままの頭に圧迫感。小春とユウジの悲鳴と、忍足と千歳の笑い声が聞こえるが。その圧迫故に俺は、頭を上げることが出来ない。


「自分は、けんじろーに友達やって、言われたのやろ?けんじろーんことが、心配なんやろ?やったらこないなところで、止まってんな。足動かせ…その気があるんやったら、連れてったるから」



すっと、圧迫感が消える。
同時に上げた顔、飛び込んできたのはゆっくりと左足を降ろす財前くんの姿。
……その時の俺は、彼に言われた言葉の方が衝撃的過ぎて。頭を圧迫していたものの正体が財前くんの左足だなんて…要は俺、彼に踏みつけられていたなんてこと、気付く余裕もなかったのだが。忍足と千歳が笑っていた理由も、知らなかったのだが。それはまぁ、置いておいて。



「…連れてくて…どこへ」

「そんなん、けんじろーん所に、決まっとるやろが」



アホちゃうん?
呆れた顔をして言われたが。その大きな黒い瞳は真っ直ぐと俺に向けられていて。


「…行く、行くに決まっとる…何が出来るかなん、ぶっちゃけようわからんけど…せやけど俺、小石川に会いたい、会ってもう一遍、ちゃんと話、したいねん」



そう言い立ち上がり決意表明をすると目の前の財前くんは、口角を上げた。その顔は普段からは想像出来ない位に男前なもの。とても心強いもの。



「俺も!俺も行く!」

「うちも〜」

「…俺も、小石んこと、心配やしな」

「俺も行くと。俺も小石川の、クラスメートったい」


そして続けられてどんどん上がる声と、挙げられる手。向けられる包み込むような笑顔。
俺はもう、一人じゃない。小石川のおかげで出来た、力強い友達が、いる。
そう強く、思った瞬間だった。





***




「…ところで何で光が、小石川んち知っとるんや?」

「そういえばそうやなぁ…あんたまた、ハッキングとかしたんとちゃうん!?」

「しとらんし!…ちゅーがくん時いっぺん、連れてってもろうてん」



放課後。財前くんを先頭にずらずらと歩く男子高校生の一団。学校の最寄り駅から彼が指定した金額の切符を買って、電車に乗り込む。こんな時だが、制服のままで皆と電車に乗ったことは、初めてだった。

目的の駅から小石川の家までは、歩いて数十分だということだからと、並んで歩いている途中。忍足の口から出た疑問。小春もそれに乗っかり、何やら物騒なことを口走ったが、それは財前くんにすぐ否定される。続いて発せられた“中学”という単語に、皆納得したような顔をした。

そのまま、小石川に会ったら着いたら何を話そうか、そもそも会ってくれるのだろうか、などと話しながら、所謂“閑静な住宅街”を歩いていると。急に財前くんが、その歩みを止め、そして。



「…一応言うとくけど。俺も詳しいこと教えてもろうてへんから、よう知らんけど…けんじろーんち、ちょお、複雑…らしい、から」



彼にしては珍しいくらいに歯切れ悪く、こちらを振り向かずにそう言うと。その歩みを再開させた。



その言葉に俺たちは一同に首を傾げてみせるが、こっちのことは見ずにどんどんと進んで行く道案内役の姿に慌てて、その後を追った。











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