彼と彼らの日常。17






「……今日、委員会の集まりあんねん」



いつものように笑顔で、屋上へと誘う白石に。もうすっかり常套句となってしまった言葉を返す。
もう二か月近く、同じような言葉を繰り返しているのに。彼は気付かない。その事実がまた、俺を苦しめた。
だって、そうだろう?それは結局俺よりも他のみんなのことを、見ているということだから。



俺がいなくても白石は大丈夫だと、言われているような、ものなのだから。



俺のことなんてもう、見ていないと。そう言われているような、ものなのだから。




「ほな、俺行くで」



くるりと踵を返し、背中を向けて歩きだす。
と。手首に鈍い痛み、そして俺じゃない誰かの、熱。




「待てや…自分今日、委員会なんて、ないやろ」



振り返れば見たことがないくらい真剣な目をした、白石が俺の手首を、掴んでいて。
その言葉は尋ねるのではなく、断定しているものであって。

そのまま彼に引かれる形で、屋上まで連れて行かれる。その間ずっと白石は背中を向けたままで、俺も白石も一言も、言葉を発しないで。
ブレザーに包まれた背中は、ひどく無機質で冷たいものに感じた。
離されたとばかり思っていた手が再び繋がれたのに、俺はちっとも嬉しくなかった。



「今日だけやない、昨日も一昨日も、その前もずっとずっとや」



屋上に出た途端、振り返る顔。やはりそれは冷たさすら感じる、真っ直ぐ俺を射抜くような眼差し。
俺たち以外、誰もいない屋上。同じ教室にいた千歳が着いて来なかったことからも、今日こうやって、白石が俺をここに呼び出すことは、彼らの中で決定事項だったのだろう。


俺の知らないところで決められたことに、従うだなんて。些か滑稽だ。



「なぁ、どうしてそないな嘘、吐くん?…俺、何かしたんか?やったら言うてや…俺、アホやさかい、言うてくれんと、分からんわ」



“冷たい”と形容した瞳がみるみると、暖かみを取り戻す。

その瞳から読み取れる意志が分からない程、俺は馬鹿じゃない。こいつは…こいつらはまだ、俺のことを気に掛けてくれている。俺のことを、想ってくれている。
それくらい、ずっと人の顔色を窺って生きてきたんだ、すぐに分かった。


だけど心のどこかで、期待するなと。失望される前に、区切りをつけろと、声がする。



どうせお前は一人なんだと、声がする。




「なぁ、小石川…気付けんくって、ごめん。ずっと自分、一人で何か抱えとったやろ?それなんに、見ないフリしとって、ごめん」



そう言うと白石は、両手で俺の両方の手を、取った。
そこからどくどくと、血脈が伝わって来るようだ。



あぁ、君の手はこんなにも、暖かいのに。
俺の心はもう、すっかり冷え切ってしまっているんだ。
もう期待なんてするもんかと、凍りついてしまっているんだ。



だから、だから。




「もううんざりやねん。自分らに合わせるんは…俺にかて、やりたいことが、ある」



繋がれた暖かい手を、細く弱くだが繋がっていた手を、


俺は自ら、振り払った。





「…自分は、俺とは違う」



そう、どんなに努力しても足掻いても、結局俺たちは別々の個体で。
決して互いを理解することなんて、出来ない物体で。
それなのに分かって欲しいと、一緒の場所にまで来て欲しいと。望んでしまった、俺が馬鹿なんだ。



どんなに頑張ったって、結局俺は、一人なんだから。
なら捨てられる前に、こちらから捨ててやるさ。




「やから、さよなら」




そう言った俺はちゃんと、笑えていただろうか。
白石が初めて見せた、絶望に塗れた顔を見ながら、思った。






次の日俺は、産まれて初めて学校を休んだ。
最後に見た白石の顔が、頭から離れなかった。












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