彼と彼らの日常。17






「…自分は、俺と違う」


そう言った君の目は、とても冷たくて。


「やから、さよなら」


馬鹿な俺はまた、手を伸ばし損ねる。







第十七話 小石川健二郎の拒絶 






“いい子”でいなくては、いけなかった。捨てられないためにも。
“誰からも好かれる子”でいなくては、いけなかった。嫌われないためにも。
“優等生”でいなくては、いけなかった。必要とされるためにも。



そうして何枚も何枚も、仮面を被り続けて。偽りの笑顔を、浮かべて。
いつだって自分の本性を見抜かれないように、と。皆から嫌われないように、と。
ずっと俺は“小石川健二郎”を、演じてきた。



高校に入り、今まで周りにいる皆が同じように見ていた俺に対して一人、全く違う色の視線を向けている人間がいることに、気付いた。それは恨みだったり、憎しみだったり。兎に角そういった、負の感情。俺が今まで向けられないようにと、してきた感情。
最初はどうして俺が、と思った。こんなにも完璧に、嫌われる要素がないように振舞っているのに。

そんな、俺に対して唯一負の感情をぶつけて来る相手…白石を観察している内に、俺はあることに気付く。
あいつは俺と同じだ。俺と同じで、今の自分を演じているんだ。と。
優等生を演じている者同士だったからか、彼の仮面はすぐに見抜けた。



“こいつの前だったら、ありのままの自分でいられる”
そう、思った。





だけど違った、あいつは俺とは違った。
あいつは一人、どんどんと世界を広げて行った。本性を曝け出しても周りと、難なくやって行った。


いつの間にか、引っ張っていたはずの手に、俺が引っ張られるようになっていた。
いつの間にか、繋いでいたはずの手は離れ、どんどんと先へと歩いて行ってしまった。




結局俺は、一人だ。
どんなに足掻いても、どんなに繕っても。俺は決して皆から受け入れられることは、なく。



一人置いて行かれて、しまうんだ。




それに気付いたのは、いつだったか…あぁ、あの劇を観たときだ。
ステージ上で、のびのびと動き回る彼は、彼らはもう、すっかり役になりきっていて。否、登場人物そのものに、なっていて。




―――やったら、最初から構わんかったらえぇんや。最初から、相手なんせんかったら…うちかて、期待なん、せんかったんに。



その台詞を聞いた瞬間。会場が揺れたことを感じた。それと同時に、俺の心が揺さぶられたことを。
期待、していたんだ、俺は。白石なら俺と同じところに立ってくれると、望んでいたんだ。



それは到底、彼には似合わない場所だと。もうとっくに気付いていたはずなのに。
日の下を堂々と歩く彼には、似つかわしくない場所だってくらい、わかっていたはずなのに。



―――俺、これからも色々やってみるわ!色々挑戦、してみたいねん。俺、もっともっと、成長したいねん。



彼はこんなところで留まるような人間じゃないって、知っていたはずなのに。
だって俺が一番傍に、いたのだから。
この半年、白石の一番近くにいたのは、俺なのだから。



白石が持っているものは、みんな本物だった。仮面を脱ぎ棄ててからの彼は途中、失敗したり躓いたりしながらも、本当の自分の姿で、皆とぶつかっていこうとしていた。
それに対して俺は結局、仮面を脱いだって本来持っているものが、みんな偽物だったのだから。ずっとそうやって、偽りの付き合いしかしたことがなかったのだから。
何一つ、変われていないんだ。


周りがいくら俺を受け入れようとしてくれたとしても。俺はちっとも、変われないんだ。



だからもう、彼から離れなければ。
向こうからいらないと、言われる前に。




捨てられてしまう、その前に。














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