彼と彼らの日常。15 「…小春、堪忍な…せやけどこれが、小石の為かもしれへんねん…」 「何ぶつぶつ言うとるん?ほれ、さっさと行こ」 次の日の昼休み。 俺と光は、光が委員会の当番で俺が部活の集まり、という理由をつけて。一人少し寂しそうに屋上に向かう小春を見送ると。昼食を摂る時間すら惜しんでA組のある別校舎へと向かった。 途中で白石たちに会わないように、注意を払いながら迂回したり隠れたりしながらの道中は、普段の倍以上時間を費やしてしまって。この間に小石がどこかに行ってしまったらどうしようもないって、思いもしたが。 「なぁ、けんじろーどこに行ったか、知らん?」 A組に着くと白石と千歳と、それから小石の姿もなく。光がその辺りにいた女子に物怖じせずに問いかけると彼女たちは快く、白石たちが出て行った後に彼も教室を後にしたことを、教えてくれた。 それからついでに、光に菓子を与えていた…また知らない人に菓子なんて貰って。小春に叱られても、知らんからな。 他にも何人かに小石の行き先を知らないか尋ねたが、誰一人知っている者はおらず。 気が付けば昼休みの三分の一が終わっていて。このままここにいても意味がないと、二人でA組の教室を後にする…俺たちがここに来たことを、白石たちには言わないで欲しいと釘を刺してから。 「…ったく、小石の奴どこにおんねん…剣道部の奴も生徒会の奴も、今日は集まりなんないて、言うとったんに…」 ぶつぶつと言いながら光と並んで、廊下を歩く。 昼休みだけあって大勢の人間がそこにはいて、その数人に小石の行き先を尋ねていく間に、今日は…今日どころかここ数日は、彼の所属するどの団体も集まりや仕事がなかったことを知る。 それによって俺は、やはり小石は自分の意思で屋上に来ていなかったのだという、結論に至る。隣を歩く光も同じ結論に至ったらしく、ここには届かない程度の大きさで何やらぶつぶつと呟いていた。 「…ん?あの教室、ドア開いてへんか?」 そうやって歩き回っている内に、いつの間にか特別棟に辿り着いていたらしく。溢れるようにいた生徒達の姿はすっかりなくなっている。遠くから笑い声やぱたぱたと廊下を駆け抜ける音が聞こえて来る。あとは俺と光の足音と呼吸する音くらい。 そんな静かな場所で、中途半端にドアが開かれた教室が一つ。 あそこに小石がいる。 何となくだがそう思った。ごくりと、横に立つ光が唾を飲み込む音が聞こえる。 二人顔を見合わせると、足音を忍ばせてその教室に近付いた… 「…なんやねん、あの顔は…」 「わからへんわ!俺にわかるわけ、ないやろ!!」 走ったことですっかり上がってしまった息を整えながら。無理矢理言葉を絞り出すと吠えるように、光が言い放つ。その顔には動揺の二文字がありありと、刻まれていて。きっと俺の顔も、同じような表情をしているのだろう。 「けんじろーが…けんじろーがあないな…あない怖い顔しとるん、俺、初めて見た…」 ずるずると、背中を壁に付けたまま廊下に座り込む。 弱々しく言葉を紡ぐと光もまるで腰が抜けたかのように、へたりと廊下にその腰を沈めた。少し震えているように見えるのは、気のせいではないだろう。 何だかんだ言って、小石は光に甘かった。光のことをまるで弟のように、可愛がっていた。 だから彼の前ではそこまで感情の起伏を顕わにすることはなかったから。彼は穏やかに微笑む小石の顔ばかりを見ていたから。だからショックは俺以上に、大きいのだろう。小石の“人間らしい”一面も見ている俺にとっても、かなり衝撃的だったのだから。 へたり込んだまま何も言わない光を引き寄せると、大丈夫や大丈夫やと、何が大丈夫なのか自分でもよくわからないが、まるでそれしか言葉を知らないように、口を動かし続ける。 その一方で、どこか冷静になった頭は何が彼に、あんなことをさせているのか…あんな表情をさせているのかを、考えていた。 遠くで昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。だけど俺たちはそのまま、座りこんだ場所から動くことが出来ないでいた。小石がこの場を通りませんようにと、祈りながら。小石がここに現れませんようにと、願いながら。 あの教室に、確かに小石はいた。 だけどその表情に“感情”は全くなかった。 その顔を光は“怖い”と形容したが、俺は“諦めている”という言葉が似合う雰囲気だったと思った。 ポケットに突っ込まれた携帯が、振動する。きっと本鈴が鳴る時間になっても帰って来ない俺たちのことを、小春が心配してくれているのだろう。 「…なぁ、取り敢えず小春に話そうや…それから皆で、小石のこと、考えよ?な?」 ただでさえ小さい身体を更に小さくしている光の頭が僅かに頷いたのを見届けると。俺は携帯を開き、小春に向けてメールを送った。 この事実は俺と光、二人で抱えているには大きすぎるから。 その時の俺には、小春以外の人間を頼るなんていう選択肢は存在していなくて 小春なら解決してくれると、盲目的に信用していた。 その信用を少しでも他の人間に分けることが出来たのならば、結末は変わっていたの、かな。 そんなこと、誰にもわからないことなのだろうけど。 → |