彼と彼らの日常。15 「まぁ、同じクラスの蔵リンがそう言うんやったら、大丈夫やろうけど…」 信じてた、信じていたかった。 「…なんやねん、あの顔…」 あんな姿を、見るまでは。 第十五話 一氏ユウジの発見 早いもので、文化祭からもう一か月の時間が経った。 その間、俺たちはちょっとした有名人になっていて……何と言うか、ちょっと、本当にちょっとだけど。中学の頃のように周りから注目されること・ちやほやされることに、優越感に似た感情を抱いていた。 正直に言う。ぶっちゃけなくても、かなりいい気分だった。 高校に入ってからは、顔でも頭でも小石川に負け、更に忍足やら千歳、財前くんたちと言ったキャラ立ちした友人たちに囲まれて…友達が出来たことが不満なのではないし、彼らに対して悪感情を抱いているわけでもない…かなり霞んでいた“白石蔵ノ介”という存在が、一気に脚光を浴びたようで。 はっきり言わなくても、俺は心の底で彼らに対して嫉妬していたんだ。こんな俺と、友達になってくれた彼らに。 それに気が付いたのは、ユウジの一言から始まった一連の騒動の真っ最中だった。 「…なぁ、最近小石と、喧嘩でもしたんか?」 「はぁ?何言うとるんや?俺と小石川が喧嘩?んなこと、あるかい」 「そうか?…何となくやけど、最近あんま、一緒におるとこ見ぃへんから…」 いつものように、屋上に集まり弁当を広げる。すっかり定着した俺たちのスタイル。そこに必ずしも全員揃うなんてことは、なかったけれど。雨が降ったり、委員会やクラスの用事があったりしなければ大体皆、ここに集まっていて。 今日は部活の用があると言う小石川と、何かよくわからないけれども用があると言ってふらりと、教室を出て行ってしまった千歳の姿はないが、他のメンバーは全員揃い。昼食を摂りながら雑談に花を咲かせていた。昨日何したとか、次の授業で当てられるだとか、そういう他愛のない話が出来る。そんな友達が俺にはずっといなかったから。だからこの時間は俺にとって学校に来る、一番に近い目的になっていた。 そんな昼休み、いつもと大して変わらないトーンで紡がれた、ユウジの言葉。 本当に自然に紡がれたその言葉は、掘り下げてみると最近ずっと思っていたことらしく。 「…そう言えば健坊、最近ここに来ることも、滅多にないわねぇ…」 少し考えるような素振りをしてみせてから、小春もその言葉に頷いた。二人に言われて初めて俺は、最近の事を思い返す… この場所で昼休みを過ごすようになったのは、千歳との一件が始まって教室に居辛くなった頃から…多分、六月くらい。その頃はこんな毎日の様に訪れる場所ではなかった。どちらかと言うと俺と小石川と、そして忍足が小春たちのクラスに行く方が、多かった。 それから騒動が解決してすぐに夏休みに入って、小石川がIHや予選の為に大阪を離れて。その間にも、財前くんのお父さんの再婚騒動を筆頭に、色々なことがあった。夏休みの終盤頃に帰って来た小石川は、俺が知らない人みたいに大きく、変化していたことに驚かされたっけ。 で。新学期が始まって、文化祭に向けての準備が始まって、俺たちは皆で劇をやることになって…小石川は部活や委員会などの仕事で忙しいからと劇自体には不参加だったが、俺たちの練習を見てくれたりステージを確保してくれたりと、協力してくれた。 この頃からだ。皆で昼休みの度にミーティングも兼ねて屋上に集まるようになったのは。風が気持ちいいからと、滅多に人も訪れないからと、この場所が絶好の稽古場になっていたんだ。俺たちは誰が言い始めたわけでもなく、自然とこの場所に集まるようになっていた。 小石川も用がなければここで一緒に、弁当を広げて。時にはアドバイスをしてくれて。その存在がとても、あり難かった。 そして、文化祭が終わって。それからも俺たちが屋上に集まることは変わらなくて。今に至るのだが。 「…別に俺たち、喧嘩なんしとらんのやけどなぁ…小石川からは用があるさかい、行けへん、としか、聞いとらんし…」 俺はユウジの言うように…喧嘩した覚えなんてなく。4限終了のチャイムが鳴ると共に、俺よりも後ろの席に座る小石川の方を振り返るが、ここ最近は言った通り。用があるから、としか言われていない。一緒に弁当を持って屋上への階段を上がっていない。 そんな日が、何日続いた? 「…なんや小石川、変なところあらへんの?」 「ん…教室でも普通やし…別に、いつも通りやと思うんやけどなぁ…」 いつの間にか弁当を平らげていた忍足が身を乗り出して聞いてくるが、そんな素振り、一瞬たりとも見ていない。こちらが顔を向ければいつも通りの笑顔を浮かべて…笑顔? あれ、小石川はどんな表情、いつもしていたっけ? 「まぁ、同じクラスの蔵リンがそう言うんやったら、大丈夫やろうけど…用事早う終わったら顔出せやって、言うといて」 記憶を手繰り寄せようとしていると、小春が紡いだ言葉。それに俺が生返事を返すと一瞬、財前くんが怖い顔をした気がしたが。あとはいつもの様に、くだらない話ばかり飛び出して行って。 いつの間にか俺は、この時感じた疑問を、綺麗に忘れ去ってしまった。 楽しい時間ばかりを、求めていたせいで… *** 白石が「いつも通り」と言っても、彼の言う「いつも通り」が小石にとって本当に「いつも通り」なのかは、分からない。小春の言葉にあぁと、気の抜けた返事をした白石を見た時に、そう思った。 「…なぁ、ユウ君はどない風に思うとるん?ホンマに白石の言う通りやと思う?」 小春が用足しに行ってしまった間に、光がぎゅっと俺の制服の裾を掴むとボソボソと言う。 さっきの、屋上での様子や今までのことから、小春が一度“友達”と認めた者のことを疑おうとしないことは、俺も光も知っていたから。だから光は、小春がいない時に言って来たのだろう。彼がいたらきっと、自分は友達んこと信用出来んのか!って、怒鳴られるのが目に見えているからな。 「んー…ぶっちゃけ、鵜呑みには出来へんわなぁ…俺らが実際に、小石の事見たわけやないし」 教室の扉の方を気にしながらも、なぁなぁとせっついて来る光に。俺も思ったままのことを口にする。 生憎俺は、小春みたいに他人のことを全面的に信用出来る程、人間出来てないから。自分の目で見た事実の方が誰かの口から…それが例え小春や光であっても、聞いた言葉よりも優先する。 俺の言葉に満足そうに頷くと光は。 「やから明日、二人でこっそりけんじろーのこと、見に行こう…俺も、気になっとること、あんねん…」 小春ちゃんには内緒やで!と続け、左手の小指を突き出して来た。 それは昔から変わらない、約束の合図。男同士の約束にしては、可愛らしすぎる気もするが。だが一番分かりやすい、俺たちの合図。 「わかった…自分、小春にバレへんように、気ぃ付けや」 「それはこっちの台詞やし…て、小春ちゃん帰ってきたわ…ほな、詳しいことはあとで」 「おん。帰ってからメールで」 しっかり小指と小指を絡めて顔を見合わせてから。俺たちはそれぞれの席へと戻って行った。 心の中で小春にすまんと、謝ることを忘れずに。 → |