彼と彼らの日常。14




「…写真撮っておけば、繋がっとるって、思えるやん。形に、残るやん。ずっと一緒に、おられるやん」

「ほんとうの家族やったら、こないなことせんとも、繋がっとるんやなか?」



蔵の元を逃げだしてきたヒカルが携帯で写真を取る理由を語る。
千はそんな彼女の頭を優しく撫でながら、言い聞かせる。暖かい色で紡がれるその言葉はヒカルだけではなく、客席にもじんわりと、伝わって行く。それは俺も、例外ではない。

ヒカルはそんな千に応えるでもなく、手にした携帯をしっかりと握りしめて。その画面から、画面に映し出された蔵やユズルと撮った写真から、虚ろになってしまった目を、逸らさないでいた。


その様子は蜘蛛の糸にしがみ付く、小説の男のよう。いつまでも一つの繋がりを手放せずに、いるよう。
必死にその繋がりを、手繰り寄せようとしているようだった。



「迷惑やろ?いきなし出てきて、今日から俺たちは家族やで、なんて言うたって…あの子にとっては、俺なんか赤の他人やろ?ほんまにそんな言葉だけで、ほんまにこんな紙切れだけで、家族ってなるもんなんか?」


場面は変わって。
ユズルが泣きだしそうな笑顔で、一人部屋に佇んでいた蔵に告げる。その手に握られているのは、くしゃくしゃになった一枚の紙。手の隙間から覗くその紙に、俺は見覚えがあった。



「俺は…俺はあの子のこと、大切にしたりたいって思うとる。せやけど、それがあの子にとって、ほんまにえぇことなんか、分からへんねん…」



そのまま崩れ落ちるように膝をついたユズルに、蔵は声を掛けることが出来ず。ただその姿を、眺めている。
自分には何も出来ないと、思っているのか。それとも関係がないと見切ってしまっているのか。


どちらでもないように思いたいのは、俺の願望だろうか。



「…家族て、何なんやろなぁ…俺、自分が恵まれてるて、今ようやく、分かったわ。自分が何だかんだ言うて、認めてもろうてる存在なんやって、大事にされとるんやって、初めて分かったわ」



ユズルがそれでも自分の気持ちは変わらないから、ヒカルを探してちゃんと話すと、駆け出して行って。また一人になった蔵が誰に言うでもなく、呟く。


「血ぃ繋がっとれば、家族なんか?一緒に暮らしとれば、家族なんか?」




家族って、何だろう。


隣に立つ金太郎君の表情が、曇っているのが分かった。彼はつい最近、新しい家族を手にしたばかりだから。きっとこの言葉に思うことが、あるのだろう。だがそんな表情であっても、ステージからその目を逸らすことは、しない。決して目の前にある事実から、目を背けない。

俺は……とっくに目を背けてしまっている俺は、大丈夫だろうか。動揺が顔に、出ていないだろうか。
先ほどから、顔の筋肉が引きつっているような気がする。頭が痛い。胃がむかむかする。背中に嫌な汗が走る。握り締めた手からぎりぎりと、軋む音がする。鈍い痛み。きっと爪が食い込んだんだろう。だがそんな痛みなんか、気にしている余裕なんて、ない。



「きみにとっての“家族”って、何?自分を産んだ人?育てた人?」



小春は俺の家の事情を、知っていたか?知らないはずだ、言っていないんだから。
これは俺のことを言っているのではない、架空の話なんだ。架空の話、なんだ。
あそこにいるのは白石たちじゃない、蔵とか言う小春が考え出した架空の人物なんだ。
俺を責めているのは、白石たちじゃない。白石たちはそんなこと、しない。
必死に自分に言い聞かせる。掌が上げる悲鳴は、大きなものに変わって行く。



「家族て、お互いに想いやることが出来て、支え合うことが出来るもんやないんかな。家族て、無条件で頼ることが出来る存在なんや、ないんかな」



だったら俺に、家族なんていない。
ぽたりと、血が床に落ちた音が、した。



「そんなん、知らんもん!そんなんうち、いっこも知らんわ!…やって、誰も教えてくれへんかったやん。誰もそんなこと、教えてくれへんかったやんか!」

「やったら俺が…俺たちが教えたる!何が家族なんかって…ヒカルが愛される為に、産まれて来たんやってことを、な」



俺には誰もそんなこと、教えてくれないのに。



ステージ上のヒカルには、ユズルの柔らかい笑顔と暖かい手が差し伸べられた。それに重なるように、蔵と千の大きな手も、無条件の想いも、彼女をゆっくりと包み込んだ。



「…今日から、一緒に始めよう。やって俺らは、家族なんやから、な?」

「…うん、おにい、ちゃん」

「俺もおるで!えぇか、形なんかに当てはまらんくても、ずっと一緒に暮らしてきたんやさかい、俺はとっくにもう、ヒカルの兄ちゃんなんやからな!」

「なら俺もとね……俺が一番年上ばってん、皆、千兄ちゃんて、呼んでもよかよ」



そんな風に想ってくれる人が、俺にはいないから。
俺には家族なんていない。家族のように接してくれる人も、いない。





結局俺は、一人だ。


仲間を見つけたと思ったけれども、それは一時の幻でしか、なかったんだ。






ステージの上ではヒカルを中心に、四人が固まって笑顔を見せている。どうやら話は大団円を迎えたようだ。バイオリンの静かな音が、スピーカーから響き渡る。背景のスクリーンには、見事な桜吹雪。俺たちが初めて出会った日のような、春の日の様子。

途中から、所々の台詞を拾うことしか出来なかった俺は、話の流れなんて全く見えていなくて。でも隣に立つ金太郎君や他の観客たちから鼻を啜るような音が聞こえることから、きっと感動的な内容だったんだろうな、なんて、勝手に推測してみて。
ステージ中央に、四人が並びその手を取り合うと大きく上げて、揃って綺麗に、礼をした。



体育館内に割れるような拍手と喝采が、響き渡った。



それなのに、俺の心はどろどろしたまま。嫌な汗が背中を伝うことを感じながら、拳を強く握り締めたまま。こんな気持ちなんか、この歓声に掻き消されてしまえば、いいのに。



そう思いながらも俺の視線は、ステージ上で笑顔を浮かべる白石たちから逸らせずにいた。
舞台袖から引っ張り出されてきた小春とユウジも交えて笑い合う、六人に向けられていた。





***





「みなさん、おおきに!ありがとうございました!!」



忍足が舞台袖から引っ張って来た小春とユウジを中心に置いて。今度は六人で並んで観客に向けて頭を下げる。巻き起こった拍手に歓声に、この台本を書いてくれて俺たちに機会を与えてくれた小春と、そして俺たちの為に一着一着丁寧に衣装や小道具を作ってくれたユウジに、改めて礼を言いたくて。


「二人とも、ホンマおおきにな。みんな二人のおかげや」


拍手に後ろ髪を引かれる思いをしながらも戻って来た舞台袖で。しっかりと手を握って隣り合って立っている小春とユウジに、頭を下げる。上手い言葉が見つからないけれども、少しでもこの気持ちが伝わればって、思いながら。そんな俺に合わせるように、忍足と千歳も、二人に頭を下げた。

頭を上げると、小春もユウジも、見たことがないような表情を浮かべていて。そして二人で顔を見合わせたかと思うと。



「お礼を言うんはこっちの方やよ。みんな、いきなり言い出したうちらの我儘、聞いてくれてありがとう。こんな素敵な舞台にしてくれて、ありがとう…何や、自分で考えた話やない、みたいで、夢みたいで……ホンマに楽しかったわぁ!」

「俺も。こないぎょうさん服とか作ったん初めてやったけど、めっちゃ楽しかった。いい勉強にもなったわ。皆、おおきにな」



満面の笑みを浮かべて、俺たちに飛びついて来た。



それを避けるでもなく、そのまま抱き締めて。男同士とか、一時間半くらい照明に照らされっぱなしで、休みなしに動き回ったから汗だくだとか、そんなこと俺たちの頭にはなくて。



「ほんま…おおきに、ありがとうな」



そこにいる仲間たちの身体をしっかりと抱き締め、その体温を身体一杯に感じながら。零れてくるのは、皆一つの言葉だけだった。





「ひかるー!めっちゃかわいかったで!!」

「当たり前や。俺を誰だと思うとるん?」



「千歳ぇ…自分、ノリノリやったやん。実はめっちゃ楽しかったんやろ?」

「そ、そぎゃんこつ!……ちょっとだけやけど、楽しかった……」



暫くすると、小石川に案内されて金太郎君と渡邊先生が舞台袖まで来てくれて。俺たちに一通り感想やら労いの言葉をくれると。それぞれ財前くんと千歳に向かって行った。迎える二人も向かった二人も、皆笑顔であって。



「お疲れさん」



今し方言われたばかりの感想に、未だどこかほわほわしている身体に、あぁ、終わったんだなって、今更ながら思っていると、冷えたスポーツドリンクを笑顔で差し出される。



「小石川…どうやった?俺、変やなかったかな?」



礼も言わずにそれを受け取るとすぐ、俺は彼に感想を求めた。そんな俺にがっつくなと、苦笑を浮かべながらも。


「ん…俺には演技のこととかよう分からんけど…よかったと、思うで。なんちゅーか、引き込まれたわ」


そっと、頭に手を乗せながら、笑顔をくれた。
その一言だけでも俺は、この劇をやってよかったって、思えた。



「そか…よかった!俺な、めっちゃ楽しかってん!自分が自分やないっちゅーか、新しい自分に気付けたっちゅーか…これも、小春らのおかげやねんけどな。俺、これからも色々やってみるわ!色々挑戦、してみたいねん。俺、もっともっと、成長したいねん」



思ったままのことを、口にした。
小石川は表情を変えずに、そか、と。小さく呟いた。





白石蔵ノ介、ちょっと…否、かなり頑張ってみました。
どうやら見に来ていたらしい家族に、家に帰ってから散々からかわれたりしたけれど。写真なんか見せられたりもしたけれども。その度に赤面してしまったりも、したけれど。
だけどとてもいい思い出になったし。何より俺自身が変われるきっかけの一つになったんじゃないかって、思います。



だから俺は、正直に言わなくても浮かれていたんだ。
自分の目の前に広がる無限の可能性にばかり、目が行っていたんだ。




「…なぁ千歳ぇ、あの小石川くんのことやけど…」

「なんね?小石川が、どぎゃんしたと?」

「……あの子、よぉ見とった方が、えぇで?なんちゅーか…危ないわ、あの子」

「…わかった。気をつけるように、すっと」



たった一度しか会わなかった渡邊先生が気づいていたのに。



「金太郎?どないしたん?」

「ん……ちょお、あの小石川っちゅー奴んこと、気になって…」

「けんじろーが、どうかしたんか?」

「……あいつ、ワイに似とる……ひかるに会う前の、ワイに似とる気ぃ、すんねん……」



金太郎君だって、勘付いていたというのに。




一番傍にいたはずだった。
肩を並べて歩いているはずだった。



そんな君がこんなにも遠くへ行ってしまったことに、
馬鹿な俺は、未だ気付けていない。




気付こうとも、していなかった。











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