彼と彼らの日常。13





先ほどまで小さく蹲っていたはずの千歳が、その長身に似合った長い脚を動かして。その声の持ち主の所へ駆け寄った…と言うより、その人物に掴みかかった。おい、お前さっきまでお腹痛いとか言ってなかったか?と、思わずツッこむのを忘れてしまうくらいに、それは機敏な動きであって。


「なんでて…自分が劇やるっちゅーから、見に来たった」


そんな千歳に首根っこ掴まれてぐらぐらと揺さぶられている人物は、そんなことちっとも堪えないと言った風ににやにやと笑って。そんなその人の態度に、千歳の様子も段々と落ち着いてきて。


「…嫌がらせったい。信じられなか。ありえなかよ、ほんとうに…」


ぶつぶつと文句を言いながらも、その手を離したのだった。そこでようやく、千歳に掴まれていた人物の全体が、俺たちの目に飛び込んでくる。
何と言うか。くたびれたトレンチコートの下はロンTにジーパン、頭にはチューリップハットといういでたちは、お世辞にも小奇麗とは言い難く。そしてその顔は整っている部類には入るだろうが表情のせいだろうか、親しみやすさを感じさせるものであって。歳は俺たちより一回り近く食っているだろう、そんな感じの人物。

千歳との関係は一体何なのかと、頭いっぱいにはてなマークを飛び散らせていると。



「あぁ!君が白石君やな。んでもって、君が忍足君。せやろ?」



ぽんっと手を叩くとその手で俺たちを指さしてきて。呆気に取られながらも頷くことでそれを認めると。「千歳に聞いた通りや」と、笑顔で言うのだった。
そんな彼に千歳はまた、声を荒らげて。いつもどこか大人びていて、俺たちが騒いでいても一歩引いた位置にいる千歳の、そんな姿を見ることは滅多になく。きーきー言いながらその人に食ってかかる様子は年相応というか、それよりも大分幼く見えた。


何となくだが、千歳にとってこの人は特別な人なんだなって、思った。



その後、皆が待つ教室へと戻る道中で、この人が渡邊オサムと言う千歳の中学時代の恩師であること、今日は進路担当になった為に生徒の高校の下見の引率と、ついでに千歳や他の卒業生たちの様子を見に来たということを聞いた。

俺たちのことはここにいないメンバーも含め、千歳からある程度?聞いているようだったので特に何も言わなかったが。彼の言動の一つ一つに一々反応を見せている千歳は、その図体に似合わずに可愛らしかった。






「お、おかえり。千歳おったんか?」

「あー!!千歳にオサムちゃんやん!久しぶりやな!!」

「げ、遠山。なんで自分がここにおるん?」

「なんでて、そんなん、ひかるんとこ来たからに決まっとるやん!!」



教室に戻ると委員会やら部活やらの手伝いを抜けて様子を見に来てくれた小石川と。そして財前くんの隣にひっつく様に座っている見知らぬ少年がいた。
その少年(背丈は小春たちより少し小さい程度だから、同い年くらいかもしれない)は渡邊先生の顔を見るなり、大声を上げて。彼の問いかけに笑顔を返すと、隣にいる財前くんを抱き締めた。おい、ちょっと羨ましいぞ、それ。

その少年はそのままの体勢で純真無垢な笑顔を浮かべて。



「あと、ワイ今遠山やのうて、財前金太郎言うねん!覚えといてや」



なーっと、その腕の中にいる財前くんに言葉を投げると。彼はこくんと、頷いた。
あぁ、この子が財前くんの言っていた“弟”か。そう言えばどことなくだが、夏休みに家に来た女性に似ている気もする。



話を総合すると。
どうやら財前くんの弟…金太郎君(俺たちと同い年だった)は、千歳と同じ中学出身で。渡邊先生は部活の顧問だったらしくて。そして、その部活というのが俺と同じテニス部だったそうで。


「自分、第三北中の白石やろ?部長やっとった」

「あぁ、せやけど…ひょっとせんでも、南第二中の遠山君か?」

「おん!自分とは地区違かったから、試合でけへんかったけど。ワイ、白石のテニス好きやったで」



高校に入ってもテニスを続けているという金太郎君は、にかっと笑うと。俺の手を取って。「今度テニスしような」って、言ってくれた。
その手は俺より小さな身体からは想像つかないくらいに大きくて。そしてタコやらマメやらが出来たせいだろう、皮膚が硬くなり、屈託なく笑うその顔には似つかわしくなく、ごつごつとしていた。

そのまま彼の手を取っていたら、後ろから財前くんに蹴られた。小石川に「嫉妬か?」とからかわれてそっぽを向いた財前くんに、それはどっちに対して?なんて、分かり切ったことは聞けなかった。十中八九、俺に金太郎君を取られたことに対する嫉妬だろうからな。うん。分かってる。

その間、小春たちは渡邊先生から千歳の過去を聞き出していたようで。「酷か!」「プライバシーの侵害っちゃ!」等々、時折千歳の悲鳴にも似た声と、それに合わせて湧き上がる笑い声が聞こえて来た。
ちらっと見えたその顔からは、すっかり緊張は抜けおちていて。ついさっき、廊下の隅で蹲っていたのと同じ人物だなんて、思えない。ふと、千歳の横にいる渡邊先生と目が合う。彼は千歳の方へと一瞬視線をやってから、大丈夫だとでも言うように、頷いて見せて。それから何事もなかったかのように、再び会話の輪へと入って行って。

あぁ、この人は千歳がこうなることを見越して、ここに来てくれたのだと。ついでと言いながらも千歳の様子を見ることが一番の目的だったに違いないと。
そして千歳にとって渡邊先生が特別なだけではなく、渡邊先生にとっても千歳は特別な存在なんだと。


直観だった。





「ていうか、自分らもう、行かなアカンとちゃうんか?」

「へ?てぇ!もう20分前やないかぁ!皆、急いで舞台袖行くで!!」


小石川の言葉に時計を見た小春が叫ぶ。手にはしっかりと、自分が書いた台本が握られていた。それから各々、自分の衣装やら台本やら、必要なものを手にとって。大道具の類は既に舞台袖に用意してあるから、あとは舞台上に設置するだけだ。教室の扉を開け、外へと飛び出そうとした瞬間。



「気張って来ぃや。しっかり、見といたるから」



力強く手を握り絞められながら、真っ直ぐな言葉を小石川から貰った。
その目にその言葉に、俺はしっかりと頷いた。


渡邊先生と金太郎君もその後ろ、笑顔で手を振っていてくれる。それらにもしっかりと、応えながら。



「さぁ皆!うちらの本気、見せたろうやないの!!」

「「「おー!!!」」」



先頭を走る小春の声に、拳を振り上げた。



隣を走る千歳の顔は、すっかりいつも通りで。「渡邊先生様々やな」と言ってやると、顔を真っ赤にしながらも小さく同意していた。





―――只今より、一年生有志によります演劇『原色の世界』を、開始いたします―――





そして、幕が上がる。











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